追想 '99夏

旅先でことさら
思い当たらなく
てもいいことに
思い当たる旅先

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8.23第12日西安
ニセ観光

秦の王朝を題材にした時代劇映画があって、その撮影で使われた一連のセットが「秦王宮」という名の観光地になって残されている。兵馬俑博物館や始皇帝陵を見たあとのまとめの気分で行ってみた。豪奢な宮殿の巨大フェイク。目の前いっぱいに広がっている。そのほか様々の場面に応じたセットがいくつかあった。もちろん兵馬俑は本物だがこちらはニセ物。だから、触るとハリボテであったりカメラに映らない宮殿の裏側がコンクリートむきだしであったりする。常識ある旅行者ならこんな所、来ないだろうか。それでも、ここに立てば秦王朝盛衰のムードとかいうものに勝手に浸ることができる。かつ、ここで映画の撮影が行われた時の活気に勝手に浸ることができる。もしも秦の時代にタイムスリップしたならば、出来たばかりの王宮や彩色された兵馬俑は、けっして朽ち果てた渋みなど持ちようがなく、必ずやこれほどにもワザトらしくケバケバしいものであったろう。だいたい兵馬俑などという奇想天外なものを造ろうとした始皇帝の所作と、こんな大規模なセットを建てて映画を製作してしまう所作とは、どこか共通のものがないだろうか。なにかを忠実に再現したい思い。なんでもいいから規模で勝りたい思い。

しかもこの不思議アミューズメントパークは、お化け屋敷など秦王宮と全然関係のない施設と合わせ技になっている。中国歴代指導者の蝋人形を並べた館もあり、私はトウショウヘイと一緒に写真に収まってみた。こんな所でこんな写真を撮ったりするイカガワシさが、映画セットにすぎない秦王宮をわざわざ観光に来たイカガワシさに相応しいと思って。もちろんそれは、兵馬俑という超級の歴史的遺物をこの目で確認に行くイカガワシさ、始皇帝の墓であるという山を登り降りし楊貴妃が湯浴みした場所にも身を置いてみるイカガワシサと共通のものがある。人間とはイカガワしく面白い。始皇帝も、映画製作も、兵馬俑製作も、こんなところへの観光もまた、よく分からずイカガワしく面白い。

西安に来る列車でいろいろ話した大学生Yくんの、帰省先である蘭州は、私がこれから行こうと計画している敦煌までの途中にあり、せっかく招いてくれたのだから訪ねようと決めている。それでちょっとおみやげでもと買い物に街を回った。

西安に着いた夜に行ったDAD's CAFEで、ウエイトレスの黄平から「ドーターに何かトーイを買ってよ」と言われていたのが気になっていて、電池で動く犬のおもちゃをデパートで買い持っていったら、大喜びしてくれてとてもよかった。もう西安最後の夜だったのだが、実はここの食事はけっこううまいということがこの時になってわかった。この日は卵とネギの炒め物など3品頼んだが、どれもおいしい。特に卵トマトスープ(こればっかり)は、椎茸やキクラゲも入り配色も鮮やかで、これまであちこちで食べた中で最高点だった。初日に食べたマーボ豆腐と酢豚が例外だったのか。いきなり微妙なものを選びすぎた。ところでこの時、隣の席から関西弁がやかましく響いてきていた。3人組の愉快な学生たち。「中国弁のつっこみを教えてもろた」とか言って、「なんでやねん」に当たるらしい「シェンマダオダー」というフレーズを繰り返し練習していた。普段は大学院で歴史など勉強しているらしい。このほか、日本の高校を出てハルピンの大学に4年間留学しこの夏卒業したというにこやかで落ち着いた青年がいた。留学も4年という人は珍しい。中国の人の国際意識は政治的報道という強力なバイアスによってやっぱりどこか偏っているのではとの感想や、中国の人が一般にあまり風呂に入らないように見える(というか嗅げるというか)傾向、およびトイレで用足し中にドアを閉めず事後に流しもしない傾向は、インテリたる大学生であってもやはり見られるとの貴重証言を得た。

この店で聞いたラジオジャパンは、なんと、キルギスの山岳地帯で鉱山調査に来ていた日本人ら7人(?)がタジキスタンの武装グループ(実際はウズベキスタンのグループだったわけだ)によって連れ去られたというニュースを伝えていた。なんということだ。偶然にもほどがある。しかし、なにかわくわくする。

8.24第13日西安→火車
緑の悲しき車輌

西安を発つ日。ゆっくり荷造りをし、駅に荷物を預けたあと、列車の時間(18時55分発)まで西安最大の繁華街である東大路を歩いた。ピザ屋で牛乳(中国ではなかなか飲めない)とフライドポテト。ジュリアンバーンズの「フロベールの鸚鵡」をじわじわと読み続けた。

列車は悲しいことに緑色をした旧来のボロ車輌だった。積年の汚れが隅々まで染みついたようなかの車内はうす暗く冷房もなく、おまけに私の席はなぜか両側とも窓が開かない。実は、上海から西安までの列車は初めて体験した新型車両であって、中は明るくぴかぴかで空調も効き、近ごろは中国の列車移動も快適になったものだと大感心していたから、この落差を目の当たりにしては暗澹たる気持ちになった。さらには先に来ていた向かい席の客が荷棚を独占し、こちらのリュックを置くのに一苦労。とにかく暑く、席に座るまでに大汗をかいてしまった。ただ新旧の車輌で料金には差があるようだ(西安ー蘭州の二等寝台は約100元。上海-西安までの新型列車に比べると距離を考慮してもまだ安い。というか新型が割り増しになっていたわけだが)。そんな中、「フロベールの鸚鵡」をじっと我慢の気持ちで読む。フロベールが東方を旅行した時のエピソードを、話者自身が旅をしながら語っているくだりがあって、さらには両者とも観光ということに対しても、生きていくということに対しても、結局のところ「やれやれ」という気持ちを抱いているように見え、こちらの憂さをなんとなく払ってくれる。例によって前触れもなく明かりが消され車内が真っ暗になったあとも、携帯のライトを胸元に置き「ルイーズ・コレの語る話」という章を最後まで読んでから眠った。

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Junky
1999.11.14

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