追想 '99夏

旅先でことさら
思い当たらなく
てもいいことに
思い当たる旅先
















8.20第9日西安
ホテルライフの快楽(服務員限定)

玄奘が遙か天竺を目指したのは28歳。旅を終えたのは44歳。持ち帰った教典をおよそ20年かけて翻訳し、死んだ。大雁塔はその翻訳の場所でもあったらしく、玄奘に関する遺物がいくつか収められている。旅姿の玄奘を描いた掛け軸があった。我々と同じように荷を背負い、草鞋を履いて歩いている。考えてみれば、玄奘が世にも険しい道のりを徒歩で行き来し、一生を費やしてまで求めねばならなかったもの。それは、真実が書かれているはずの教典、すなわち、なにを隠そう言葉そのものであったことに、思い至る。加藤典洋の本を僕は持ち歩き、何度もはっとする。それも言葉だ。

(要点)我々が問題を立てるのはすべて言葉によってだ。問題をとりあえず片づけた形もまた言葉だ。本当に我々はなんて不思議なんだろう。

大雁塔、鐘楼、鼓楼、そして清真大寺を観光する。清真大寺がいちばん良かった。ちょうど空も晴れてきて、まだまだ真夏のカンカン照りだったが、静かな場所で、水やりと掃除をする回族のおじさんたちの姿が穏やかだった。1200年も前の建物。中国風のモスク。今も生きている建物である。実に奇妙な場所だ。ホテルの真ん前から大雁塔までを結ぶミニバスは3元だが、クッションが良くきき猛スピードで路地を走った。

(要点)唐の都でありシルクロードの玄関口といわれる西安には、市内にも観光スポットが多数あり、上の場所はそのいくつか。大雁塔は唐代の仏塔で西安のシンボル的存在。最上層まで登れるがあまりどうということもない。大雁塔といえば玄奘つまり三蔵法師ゆかりの場所であり、三蔵法師といえばもちろん西遊記、孫悟空であり夏目雅子でもあり、ゴダイゴの「ガンダーラ」が聞こえてくる。鐘楼・鼓楼は城壁と同様に大都市西安の中心にあってなおイニシエの姿を偲ばせる場所。「清真」とはイスラムの意味。中国のイスラム教徒はウイグル族などに多いが、漢人でありながら長くイスラムを信仰してきた人々もおり、彼らはイスラムの生活文化習慣によってまとまりをなしているようで、回族と呼ばれる。清真大寺は中国寺院の外観をしているがモスクである。「ミニバス3元どうのこうの」というのは、なんでもないようでいて、実は情報価値が高い。というのも、持ち金がそれほど少ないわけではないがケチりがちで、時間はいくらでもあるようで実はけっこう小忙しいバックパッカーにとって、行きたい場所にどう安く早く確実に行けるかは常に大事であり、特にばかでかく交通機関もなんだかテキトウで実態がにわかには把握できない中国の街においては、市内バスを乗りこなせるかどうかは、もう旅の成否を決すると言ってよいからだ。旅は勝負である。旅は競争である。旅は自分の得た情報をいかに他人にみせびらかせるかである。自分の旅をいかに他人に自慢できるかである。というわけで、西安人民大廈公宮に泊まった場合は、ホテルを出てすぐ目の前にバス停があり、そこからミニバスを使えば大雁塔まですんなり一本で行けることを覚えておきたまえ。ミニバスは私営、つまりたくさん働けば自分の収入が増えるわけで、公営の大型乗り合いバスみたいにタラタラ走らない。このミニバスも交通量の多い大通りをカットし狭い道を「どけどけ」とガナりたてながらぐいぐい進む。路地を行く方が脇の風景は面白かったりするし。運賃は大型が1元程度のところを3元も取るが、ちゃんと座れる。超満員の大型バスを乗り継いだり長く立っていたりすると体を壊す。こともある。なお「クッションがきいて」というのは、もちろん大型の板席に比べての話であることに留意せよ。

鐘楼でのこと。ここは金を払って見学するが、そのシステムが一興というか一驚。まずチケット窓口があって、そこにはもちろん客から金を受け取って入場券を渡す係がいる。この入場券というのが磁気テープを貼ったカードになっている。はて、こったことをする。まあ、機械化で人手を減らし、入場券のリサイクルで資源節約かな、などと思いきや。その先にはそのカードを差し込むとレバーが回転して客を通す仕掛けのちゃちいゲートがあるのだが、だったら自分でカード入れて通るに決まってるだろうに、なぜか客から磁気カードを奪い取って客の変わりに磁気カードを差し込むだけの仕事をしている係員がいた。なぜか二人。レバーを押して進むのは客であり磁気カードを抜き取るのも客である。やれやれと思ってそこから階段を上っていよいよ鐘楼の前に来たら、また係員。確かここにも複数いた。彼らは何をするかというと、再び客に磁気カードを出せと言う。そうしてなんと鋏でパチンと穴をあけてしまった。あとは「さあ入ってよし」という顔をしただけ。窓口・ゲート・鋏入れと3回のチャックをクリアした磁気カード式入場券は、こうして一度きりの役割を終えたのだった。

中国でこういうこと言い出すと切りがないがもう一つだけ。ホテルのロビーで本を読んでいると、スカートの若い服務員が私のすぐ隣のソファーにどっかりとすわり、素足をテーブルの上に投げ出し、そのままくつろぎ始めた。国営系企業における窓口の無愛想さ・高慢さには毎度のことながら唖然としてしまうが、こういう姿もまたなかなかカルチャーショックである。同じくここのロビーで冷蔵庫のジュースかなんかをカウンターの服務員から指示を受けつつ手に持ったあと、お金を取り来てくれないので、あそうかそうだったとカウンターまで渡しにいったところ、高額の紙幣だったのでお釣りが無いと言って眉間に皺を寄せて怒られたこともあった。まあしかし職場でストレスはたまらないだろう。いや、仕事や顧客に神経を張りつめ体力を使い切り過労死をしてしまう日本人の方がもっとバカか。これは皮肉でなくそう思う。まあ中間辺りに落ち着けばいいのかね。

(要点)中国の国営系ホテル食堂デパートなどの場合、服務員たちにとって職場はまたとない憩いと談話の場であることは、一度中国を旅した方ならご存じだろう。

西安音楽学院(大学)という所を、迷い込むようにして見学。夏休みでほとんど無人だったが、おもしろかった。これは昨日のこと。

*要点をまず読んで興味がわいた場合のみ、その上も読んでみるという方式を勧める。なにしろこの旅行記はこの先もまだ長い。そして玄奘のように一生をかけるほどの経典では、たぶんない。

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Junky
1999.11.8

著作・Junky@迷宮旅行社=http://hot.netizen.or.jp/~junky
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