高橋源一郎『日本文学盛衰史』 読書しつつ感想しつつ(4) -----ネタバレあり。注意。 若い詩人たちの肖像 「塵溜(はきだめ)」という詩。なかなか生産的、じゃなくて凄惨的だなあ。 それにしてもまたこんな悪ノリの詩を捏造しやがって!>高源 待てよ、これは実の詩か? 啄木デフォルメ加速化にあてられて、 そのへん区別がつかなくなってきた。 ・・・・だいたい、実の詩/虚の詩って何だ?
『新修国語総覧』で「近代詩人の系譜」を見ると、
しかし、夏目漱石や森鴎外はもちろんのこと、
その川路柳虹が初めての口語詩を書いた。 ◆
小説では二葉亭四迷が導入した言文一致が定着しはじめた。
しかし、「塵溜」が火をつけた、
詩人たちは自ら進んで「塵溜」の中に落ちていったのである。この章では、 詩に対するアイロニカルな態度が、時代を超越して表明されている。 これは、現代詩を自分のこととして感じていたとおぼしき時期が、 高橋源一郎にあったことと、大いに関係するだろう。 現代詩を批評しつつ、詩ではなく小説を書くことによって、 なにごとかをなさんとした高橋源一郎と大いに関係するだろう。 ◆
さて、文語詩にはできないことが、口語詩なら本当にできたのか。 ◆
「若菜集」を出した島崎藤村は、
はじめのうち、藤村もまた「言文一致による詩」あるいは「写実的な散文詩」を書くつもりであった。だが、その過程で、藤村は日本語は「言文一致による詩」や「写実的な散文詩」には向かないのではないかと思うようになった。日本語には、詩に真実を(二葉亭四迷なら「実相を」といったであろうか)描き出せる力がないのではないか。それは明治前半最大の天才詩人であり藤村の盟友でもあった北村透谷をついに狂死せしめた疑問でもあった。藤村(という登場人物)によれば、 人から見て面白くない詩を自己満足で書くくらいなら、 もうやめようということらしい。 蒲原有明なんて、「ちょべりば」の一言で片づけられてしまう。
「お言葉ですが、先生の例の『小諸なる・・・・』なんか大ヒットしたじゃないですか。小室哲哉の曲と同じくらいに人口に膾炙したんでしょ」「書くべきテーマの大きさと 武器たるべき言葉の貧しさの落差に戦いていた」と この章で書かれている北村透谷の、狂死もまた壮絶だ。
明治二十七年五月十五日深夜、月の美しい晩であった。透谷は自宅の庭の木で縊死しているところを発見された。透谷は顔に青いペンキを塗りたくり、耳にはヘッドフォンをつけていた。透谷の遺体を見つけた美那子はひったくるようにヘッドフォンを外した。ヘッドフォンからはドアーズの「ハートに火をつけて」が流れていた。ヘッドフォンから流れた曲がロックなら、 透谷は、いや藤村もそのほかの若い詩人たちもみな、 60年末以降に登場したロックミュージシャンの群像そのものだ。 ドアーズの詩人ジム・モリスンがほぼ同年齢で変死したことは、 ここで思い浮かべるべき事項として、読者に期待されるのだろう。
顔に青いペンキを塗る。これは、
気づくのはこんなことばかり。しかし本当は
『新修国語総覧』で、藤村は2ページ見開きだ。
4人の妻と別れるのもいとわず、ではなく、
藤村は、詩の世界に起こした自分の遺産を抹殺するための武器を、自らの手で与えようとしてのである。◆
さて、
このあたり、この小説の本筋だろうか。どう展開していくのだろうか。 *引用の表示のしかたを今回からちょっと変えました。
2001.6.7 |