拝啓 ゲンイチロウ様
「文学的な、あまりに文学的な」は、この際
「高源的な、あまりに高源的な」に
置き換えてよろしゅうございますか。
「文学」とは何ぞや。
その根源的な答を、
今度こそ今度こそ、あなたが明かしてくれるものと、
若い方たちは、みな期待しています。
でも、あなたの決定的な言葉は、
なんだかいつも、度胸がなくて・・・・。
若い方たちは、またもや、
どこか夢のような懐かしさの中で、たたずむばかり。
論理で迫れば情緒に流れ、
情緒に浸れば論理が阻む。
そういうことの繰り返しではございませんこと。
この世の果て、世界の究極とは、
なんでも、波のようであり、粒のようであり、
ついには観測不能なのだと、
あの人は昔よく申しておりました。
文学もまた、そうなのでしょうか。
ゲンイチロウさん。
あなたには見えていらっしゃるのでしょう。
知っていらっしゃるのでしょう。
だったら、
それがどんなに陳腐であれ、どんなに悲惨であれ、
恥じず、惜しまず、
若い方たちに、すっかり示しておしまいなさい。
さもないと、あの方たち、また、
あなたのお茶目で感傷的な迂回と変身ばかりを、
ひたすら模倣することになってしまいますよ。
いいえ、それともあなたは、やっぱり
それを常に、
あらんかぎりの筆遣いで、
示そうとしてきたとおっしゃるんでしょうか。
曖昧なものを懸命に思い出そうとしてこられたと。
そして、この章もそのひとつなのでしょうか。
さて、色々御厄介になりまして、・・・・・・ではご機嫌よう。