迷宮旅行社www.MayQ.net

高橋源一郎『日本文学盛衰史』
読書しつつ感想しつつ(22)
 普請中
-----ネタバレあり。注意。

(21) (23)    インデックス



原宿の大患 3

で、お次はナイスな交友関係と。

朝日新聞学芸部の白石さんと堀田さん
中央競馬PRセンターから永瀬さん
加藤典洋さん
柳瀬尚紀さん
関川夏央さん

そしてナイスな花の名前。

クリスマスブッシュ、
アルストロメリア、
エレムルス、
マトリカリア、
ストロベリーキャンドル、etc

しかし病床日記に
見舞客の名と持ってきた花の名を綴るのは、
これまた夏目漱石と同じく、
文豪の習いなのだ。

だが漱石には
高橋源一郎がもらった花の名前がわからない。

 ・・・・それって、ほんとに日本の花?
 さあ、それは、あなたがお書きになった明治四十三年の花々は、どれも裏の山から積んできたもの、けれども、いまでは裏の山には花なんかありません、
 いったい、日本の花々はどこに行ったのかね、確か、ぼくがここに入院した時には、溢れんばかりの秋の花を見た覚えがあるのだが、

今は日本文学も裏の山から摘んでくることはできないのか。

そうこうしているうちに、
病床のシャーマン高橋源一郎の傍には
漱石が降霊している。

二人は「天上の妙音」とは何かについて議論する。
漱石は「詩と音楽にはかなわない」と呟く。
「死にゆく患者の退屈を紛らわしてくれるものなに?」

その、死にゆく患者の本音。

 モーツァルトは素晴らしい、あれは至上の音楽だ、あとからあとから涙が溢れ、見知らぬ誰かが耳もとで、「きみは赦された」と囁く声さえ聞こえたよ、でもごめんね、漱石は読むのがつらくて耐えられない、ぼくも昔は読んだのに、読んで感心したこともあったのに、なぜか暗くなる、それからごめんね、実はきみのも読めないんだ、
 死にゆく人に読まれない小説、
 先生、正直に申し上げますが、病の床に伏せっている時、わたしもあなたの小説を読むことができませんでした、『坊っちゃん』を唯一の美しい例外として、

しかし忘れてはいけない。
詩は、死に属している。
では、生に属するものは何か。

漱石にとって、小説は生の側に属していた。生きていたい。漱石はそう思った。生きて、生きている人たちの側に立ちたい。だから、漱石が選んだのは明澄な散文であった。その散文の中ではどんな曖昧さも生きることは許されなかった。救済もなく、また希望もなかった。真の絶望もなかった。なぜなら、ふつう人はそのように生涯を送ることしかできないからであった。

救済も希望もないが真の絶望もない。
小説は、
退屈で凡々たるこの人生に、
ああなんと似ていることか。
それを読み感想するさえない日々に、
なんとふさわしいことか。


Junky
2001.6.14


From Junky
迷宮旅行社・目次
all about my 高橋源一郎