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高橋源一郎『日本文学盛衰史』
読書しつつ感想しつつ(21)
 普請中
-----ネタバレあり。注意。

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原宿の大患 2

小説と胃病のチャーミングな関係。

『それから』胃カタル
『門』毛細血管からの出血を伴う浸潤性胃潰瘍
『彼岸過迄』胃病悪化
『心』胃潰瘍
『明暗』胃潰瘍再発、大出血、死亡

漱石の胃潰瘍はストレスが原因だろう。
しからば、と医師は推理する。

「・・・・朝日新聞に入社し、最初の連載が『虞美人草』、しかし漱石という作家の性格から考えて、ただ新聞の連載をはじめるというだけで、あんなに急激に胃を悪くするわけがない。どうです、『虞美人草』で漱石はなにか良心に恥じるようなことをしたんじゃないですか?」
「あったりい! すごい、すごい、先生。日記や手紙に書いている症状だけからそこまでわかるなんて。立派に評論家が務まっちゃう」

その、漱石が良心に恥じることとは?

「実は、『虞美人草』を書くずっと以前に、漱石は尾崎紅葉の『金色夜叉』を、古めかしくてこけおどしの美辞麗句ばっかり使った無内容な小説だ、小説はふつうの言葉で書けばいいじゃん、と批判したわけです。ところが」
「いざ、自分が連載をはじめたら、同じになっちゃったわけですね」
「いえいえ、『金色夜叉』よりひどい。・・・・」

後半。今度は、
胃潰瘍と詩のナイスな関係。

瀕死の高橋源一郎のところに、
糸井重里がやってきて、いきなり、
「日本語の特徴って何だろう」と尋ねる。
高橋源一郎は酸素マスクを通して答える。
「そりゃ改行じゃないかね」

夏目漱石の『道草』の文章も、
この章で語られていく
再度の出血という致命的な症状も、
改行さえすれば、
なぜか、詩になってしまうのだった。

しかしまた胃がムカムカし、
流れ出た血が、
「曲がりくねった真っ暗な腸の中を真ッ逆さまに落ちてゆく」
そんな場面は、おぞましき散文。

そういえば、
いつだったか、糸井重里は、
ホームページでテキストを読んでもらうには
どんどん改行することだ
という旨のことを述べていた。
(この感想に改行が多いのは、その教えに従ったところがある)

しかし、
そうか、改行すると詩にもなるのか。
気づかなかった。

この章には、
内視鏡で撮影した胃の中の写真が掲載され、
闘病の経過を示している。

私も以前、胃ではないが、
大腸の内視鏡検査をして、
あんな風な写真を医者からもらったことがある。
グロテスクだが物珍しくもあるので、
ホームページにアップしようか、
などと思いつつ、放ったままだった。

そしたらなんとこの本に、
そういうものがわざわざ載っている!

今回『日本文学盛衰史』を読み、
ところどころ書き写しながら、
ああ、こういう表現やこういう展開は、
一回ここで高橋源一郎にやられてしまうと、
他の書き手は、もう不用意に真似できないんだろうなと思う。
そういう箇所はたくさんある。

だから私も、
内視鏡で撮影した大腸の写真は、
もはやホームページにアップなんかできない。

一編の新しい小説が書かれるたびに、
文章のしかばね累々。
もう長いこと、そんな事態が繰り返されてきたのだろうか。

しかし作家も疲弊した。兵力も残りわずか。
近代文学100年戦争は、もう止めにしよう。
そうしたら、
リセット後にまた同じゲームが始まるのか。
あるいは、
すべての近代文学が前線から永久撤退するのか。


Junky
2001.6.14


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