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高橋源一郎『日本文学盛衰史』
読書しつつ感想しつつ(11)
 普請中
-----ネタバレあり。注意。

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HANA-BIみたいな散歩


カメラはゆっくりと上昇していく。

前章では、
作家が風景の中に飛び込んで
自由自在に操れるようになった透明な散文を、
映画のカメラにたとえた。
それに呼応するかのように、
この章は、北野武監督「HANA-BI」の、
カメラが大胆な動きで描写したラストシーンから始まる。

明るくなった館内。
泣いている「ぼく」に、
若い書生が話しかけてくる。
「・・・・国木田独歩さんですよね?・・・・」
「・・・・先生の『病床録』は欠かさず読んでます。・・・・」
隣には、髭と四角い顔の二葉亭四迷もいる。

外へ出ると、六月だというのに雪。
まるで自然主義作家を翻弄するかのよう。
通りには携帯電話の女子高生。
やけに長いセーターを着ているのが、二人の目に入る。
そういえば独歩は、
「海老茶袴を胸低く結ぶは、当世の女学生の流行なり・・・」と、
そんなことを書いたのだという。

簡潔にして要を得た数カットが、
現代と明治の交錯する情景へ、
読者を即座に引き込む。
これまた映画のようだ。

あれよあれよという間に、
独歩と二葉亭は、
新宿あたりで人力車を拾い、九段坂下へ向かっている。

二人が腰をおろしたのは、
九段坂の最寄りにあるという、けちな居酒屋だった。
赤ん坊を背負ったおかみがいる。
そにに現れたのが、文公と呼ばれる男。
ホームレスらしい。
やがて雪の中へ消えていく文公の後を、
独歩らが追う。

この居酒屋からの展開は、
映画の予告編、あるいは、
ハイライトをつないだ総集編を見ているような、
そんな気持ちがする。

すでに語られたはずのストーリーがあって、
それを懐かしんでいるようで、
実はうまく思い出せないもどかしさ。
そういう感じ。
きっとこれは、
独歩の小説に託して話が進んでいるに違いない。
やがて、独歩が、
「そういったのはぼくだった」
「ぼくはこうも書いたのだ」
などとつぶやき出すので、それは確信に変わる。

これはどうあっても、独歩の小説を読んでみないといけない。
私は、この章を読んだ後からではあるが、
独歩の文庫文を手に入れ、これに似たシーンを探した。
はたして「窮死」という短編に、それは見つかった。
九段坂には、ちゃんとけちな店があるのだ。
おかみもちゃんと赤ん坊を背負っている。
そして文公がやって来る。

おかげで私は、この「窮死」を、
そして再びこの章「HANA-BIみたいな散歩」を、
記憶という幻と、小説という幻の、両者に揺れる、
謎めいた印象の中で読むこととなった。

さてホームレスの文公は、そのあと、
大久保停車場近くの踏み切りで、
汽車に轢かれ、
孟宗竹によりかかるようにして死ぬ。

「見たまえ」再び、長谷川さんがいう。ぼくは、長谷川さんが指さす方角を眺める。
 孟宗薮の向こうにぼんやり家が浮かびあがっている。その縁側に男が立ち、憂うつそうな表情で、ぼくたちと同じように文さんを見つめている。
「あれは夏目さんだ。夏目さんもまた、この日、ここで起きたことを『三四郎』の中で書くことになる。野々宮はなぜ大久保停車場の近くの踏み切りの傍に住んでいたのか。それは、三四郎にこの事件を目撃させるためだったのだ。・・・」

たしかに『三四郎』には、
そういう轢死者を目撃する暗いシーンがあった。
憶えている。
いささか唐突に挿入され、
その解釈は文学研究における疑問にもなっているのではなかったか。
それと同じ場面が、独歩の小説にあったなんて、本当だろうか。
・・・・と思っていたわけだが、もう「窮死」を読んだので、
本当であることはわかった。

しかもおかしなことに、
のちに芥川龍之介までが、「河童」の中で、
この日のことに触れるのだと、二葉亭は告げる。

長谷川さんはそういいながら、次々と違う場所を指さしてゆく。
「あそこにも、ほれ、あそこにも。あんなにもたくさんの人たちが、そしてほとんどの人たちが、それとは知らず、この日のことを書くのだ。いや、芥川も夏目さんも本当に見たわけではなかったのだ。国木田くん、実際に文さんの最後をみたのは、きみだけだったのだ」

しかし、だからどうだというのだろう。
これらの符合にどういう意味を見つけだせばいいのか。
独歩だけが本当に最後を見たという文公の死は、
(独歩の死でもあったということだが)
いったい何の寓話だろう。

よくわからないままに、私は、ここで、
文学が書かれ読まれる構造は、
いわゆるホーリズム的な在り方をしているのではないか。
そんなことを思い始めた。
詳細はまた別の章にて。

◆ 明治四十一年六月二十二日。
「・・・・昨夜、文公の夢を見たり。・・・・」という絶筆を残して、
国木田独歩はこの世を去る。

気がついてみれば、
二葉亭四迷、石川啄木、幸徳秋水らに続いて、
またも明治人の死を扱った章であった。


Junky
2001.6.11


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