From Junky あるいは What's New


迷宮旅行社・目次

これ以後
1999年6月29日

■なにかを探して街に出る。たとえば新宿。本を買う。野矢茂樹「哲学・航海日誌」。映画館に入る。「八月のクリスマス」(韓国映画)。別にこれらがいちばん欲しかったわけではないが、相当満足する。次はG3やデジカメだ。でも高いからきょうは買わない。そうして、本当に探していたものは何だったのか、そもそも探しものがあったのかどうか、またわからなくなる。抽象的な買い物というのは不可能か。それより僕と踊りませんか?
1999年6月26日

■昨夜の「朝まで生テレビ」は盗聴法案がテーマ。民主党の枝野議員の説明が私には最も明快だった。すなわち、1警察によって盗聴された内容はおろか盗聴されたという事実すら、盗聴された側には知らされない場合がある。2警察が不当な盗聴をしてもそれをチェックし異議申し立てする仕組みが全くない。だからダメだと枝野氏はシンプルに批判する。推進側の意見も反対側の意見もとても勉強になった。どちらの側も、ニッポン社会をそれぞれの意味で守りたいという純粋な思いと、法案成立・破棄のための政治的な思いの両方が交錯しているようだった。それにしても「一般人が電話を盗み聞きされたからといって実際に何が困るの?」と真面目に首をかしげる田原総一郎は、やはり私とは思考が遠く隔たっている。■日の丸と君が代に日本国がお墨付きを与えようという法案も審議が始まったようだ。ちょっとでも関心を持った方が、現代史を生きる実感というものが持てて、退屈な毎日にも張り合いが出るというもの。サッチー騒動も同様である。「平成ニッポンにおけるテレビと国民生活」という、これまた20世紀のメディア史に残るテーマが横たわっている。
1999年6月24日

■なんかこう、優柔不断な空模様だ。
1999年6月23日

■出た!「優柔不断術」。赤瀬川先生の書き下ろし。構想10年とか。老人力はさすがにまだ身につかない私も、こちら優柔不断術については戦列に加わらせてもらいたい。「YESとNOのあいだに真実が息づいている」(帯)。いやまさにその通り。大事なことほど決められずとりあえず先送りする傾向を、例によって楽しくのんきにされど鋭く綴っていくこの本。はたして買いか否か?その件は、いずれまた折りをみて。■それにしても、優柔不断である私が人生の重大決断をまたも下したなあ...。
1999年6月22日

■<私が時間論にこだわる理由は、じつはここにあります。客観的時間がフィクションらしいという一縷の望みをもっており、それを全身で実感したとき「死ぬ」ことが恐怖ではなくなると思っているのです。> 中島義道「時間を哲学する」(講談社現代新書)より。昔を思い出すという行為は、あまりに当たり前の行為なので、とても単純な作業、たとえばパソコンのディスクに残しておいた古いファイルを検索して開いてみることと同じことのようにとらえていた。しかしよく考えるとどうも違う。現在、過去、未来、実はどれも実体とは呼べず、言葉によってしか認識も説明もできない不思議なもののようだ。思い出に浸るだけの人生はさほど空しいことではないかもしれない。いつか死ぬ宿命であることもさほど恐ろしくないかもしれない。...こういう分かりにくい感想を読むよりは、この本自体を読みましょう。■きのうの新聞広告に<週間金曜日別冊ブックレット「買ってはいけない」絶賛発売中!>とあり、ヤマザキクリームパン、日清ラ王しょうゆ味、フルーツインゼリー、シャウエッセン特選ポークあらびき、などの「食べもの」から始まって、「飲みもの」「洗剤」「化粧品」「くすり」「雑貨」まで無数の商品が実名でリストアップされていた。ただその中に<JT、桃の天然水>とあったこと。あれ<JT、たばこ>はセーフ?桃の天然水より善玉?と首をひねる日々。
1999年6月20日

■際限なく堕落していくこと。道化を延々やり続けること。その裏には、徹底した寂しさがある。寂しいという宿命は、真面目に生きたからといって避けられるものではない。淋しいという宿命は、せめてくだらない冗談で回収を試みるしかない。決して回収などされないことを知りつつも。きょう北野武監督の映画「菊次郎の夏」を見て、そんなことを思った。さらに、北野作品の中で唯ひとつ貶されることの多い「みんなーやってるか!」をビデオで見た時の印象が蘇った。「菊次郎の夏」が寂しさを露わにしたうえで道化にしばしの救いを見いだそうとする映画だとすれば、「みんなーやっているか!」は救いがたい道化だけをエスカレートさせることで、実は生きることに必ずつきまとう寂しさを暗示していた映画なのではないか。「菊次郎の夏」と「みんなーやってるか!」を同時に褒めよ。■「サイゾー」という雑誌を買った。廃刊になったワイアードとテイストが似ている。と思ったら爆笑問題の「日本原論」まで復活している。どうやら編集長が同じらしい。で、何が言いたいのかというと、私は北野武と同じくらい爆笑問題も好きかなあと。
1999年6月19日

■きょうは太宰治の命日でもあるらしい。そういえばこの間、吉祥寺で「太宰治と20世紀」とかいう催しをやっていた。自殺した時の遺書とか、川端康成に芥川賞を下さいと頼んだ手紙とか、そういうものに交じって、太宰と戦争との関わりを問いかけるコーナーがあった。そういえば「敗戦後論」の加藤典洋は、戦中と戦後でものの言い方が変わらなかった数少ない文学者として太宰に注目していた。高橋源一郎が昔朝日新聞に書いていた文芸時評の最後は太宰の話だった。昔クラスの自己紹介文集の「感動した本」で唯一の複数回答が「人間失格」だった。といろいろ連想してみたものの別に結論なし。
1999年6月16日

■きのうは冷房の設定温度が高いとか低いとかで殺人があったほど暑い日だったのだが、私は会社のエアコンに直撃されたせいか頭が猛烈に痛くなり、6時過ぎにとっとと帰宅した。NHK7時のニュースを家で寝転がって見る気持ち。頭が痛くなくても毎日こうありたい。...などと強くあこがれなくとももうすぐかなう。■先日は青年団の芝居「海よりも長い夜」を三軒茶屋に見に行った。平田オリザ(作演出)にとって演劇はスタイルこそが大事なようだし、なんとなくそれは理解できる気がするが、それでも、ある市民運動グループのいざこざというテーマもしくはストーリーのリアルさの方にもっと引き込まれてしまった。それとは関係ないのだが、いろいろあってその翌日、ある市民運動の集会に出かけた。■演劇には「劇場に客が集まり役者が舞台に出てきて芝居が始まる」といったフレーム(あるものごとをスムーズに理解するためには、当然了解していなければならない、そのものごとが置かれている前提や枠組み)がいくつかあり、そのフレームをどうにかして壊そうとする力がなぜだかどこかで働いているのが現代の演劇であるように思う。ただし実際はそのフレームはなかなか壊せないものであり、それが壊れてこそ演劇はスリリングで楽しいのだと思えたりもする。■一方で市民運動の集会といったものにも、やはりある種のフレームは存在する。もちろん市民運動の集会はそのフレームを大事にしているし、ましてや壊すことなど決して目指さない。市民運動は演劇ではないのだから当たり前といえば当たり前だ。しかし、それにもかかわらず、時に門外漢には市民運動の集会というフレームが即座に把握できなかったりする。■フレームとは、それを悟らせないことが面白い場合もあれば、それを悟らせることが重要な場合もある。目標は全く逆だ。ただしどちらの場合であれ、その目的達成のためには、自らが仕切る場にフレームという問題が存在していること自体の認識を欠かしてはいけないのだと思う。■それはそうと、戦争法・盗聴法案・国民総背番号制・君が代日の丸法制化、どれをとっても、それを成立させたい側のフレーム、それが困ったことであることを理解するためのフレームがあり、そのフレームに気が付くことは大事でありいわば面白くもあるかも。■インターネットの個人ページの日記でお前はいったい何を問うているんだというフレーム問題。
1999年6月9日

■筆無精。ごくたまに舞い込むとても懐かしい人からの手紙に、すぐ返事を書こうと思いつつ結局そのままになってしまうのは、さあ書くぞという気力、書くべき内容、気のきいたポストカード、郵便局へ行く余裕、などなどすべて揃っていることが稀であるせいでしょう。■Eメールならさほどハードルが高くないと思うのに、それでもつい出さないでいてしまうのは、メールを軽んじているからではなく、逆にとても重んじているからです。嘘の私では困るし、かといって真の私でもそれもなんか困るし、と、力を込めず抜かず、言葉の連なりをいつまでも手探りしてしまえる通信媒体だからです。(実際もらった方はとてもそう見えないのでしょうが)■とにかくそれほどの、私の思いそのものであるかようなメールをもし盗み読みされたとしたら、それは許せない。個から個へ、逡巡しながら選ばれた言葉の、尊さを思え。■こちらのページに共闘する。
1999年6月5日

■NHKの番組でカシュガル・トルファン・敦煌が映り、いやでも昔の旅を思い出した。「なにを見てもなにかを思い出す」とかいうちょっとたどたどしいキャッチコピーがあったけれど、青春と長旅にはその言葉が本当にふさわしい。10年前の旅と3年前の旅と聞いてほしいことはまだまだ山ほどあるのだから、やはり少しづつ書いていかねばと思います。そろそろ次の旅に出てしまう兆しがないわけでもないし。
1999年6月1日

■その平田オリザ(青年団)の芝居、次に見られるのはいつだろうと思っていたら、なんと3日から始まるようだ。三軒茶屋。■トキもメダカも絶滅させてはいけないが、ゴキブリはどうか。少なくとも蚊だけは絶滅させて欲しいと願う、無情で了見の狭い夏が来る。ましてや天然痘にHIV。すまない。君たちの身にはとうていなれない。
1999年5月30日

■「在日」としてのコリアン(原尻英樹)という本を図書館で借りた。その夜久しぶりに焼き肉を食べに行ったことは全くの偶然だが、どちらも絶妙な味わいである。「在日」とは、誤解を恐れずにではなく誤解を恐れながら言うが、日本国の侵略と差別を国民が認識するための必須科目であると同時に、私が直接ナショナリティだのアイデンティティだのを目の前で焼いてタレにつけて口に運び反芻するための格好の材料であるとも言えるのである。街に蕎麦屋と焼き肉屋があることが楽しいように、街にジャパニーズとコリアンがいることが「とどのつまりは面白い」と実感を持って語れるような者に私はなりたい。それは私があなたが在日であるかないかを問わない。■ほか最近読みかけ(あるいは本棚に立てかけ)の本は、平田オリザ「演劇入門」、宮沢章夫「百年目の青空」、内田百ケン「贋作吾輩は猫である」etc。
1999年5月29日

■渋谷アップリンクファクトリーで「クソV〜封印したい映像展」。きょうは井口昇監督「毒婦」となにわ天閣監督「セーラー刑事」の上映と、両監督にゲストの高橋源一郎・松尾スズキ両氏を交えたトーク。超満員。高橋・松尾両氏には少しでもいいから表現についての胸の内を語ってもらえるのかと期待したが、稀に見る脱力映画を叱りつける役割を与えられていたり、呼ばれて仕方なくやってきた風であっりしたせいか、監督に対するからかいの混じった話ぶりでおざなりのウケを狙っただけに終わってしまった。彼らが真正面に格闘するのはトークではなくて小説や芝居なのであろうから、それはそれでしょうがないことかもしれないが。一方、井口監督という人は作品も人格もある種の奇形といっていいような人物であり、もっと話を聞いてみたいと思ったね。■盗聴などされてたまるか。市民こそ警察官の電話を先回りして盗聴すべし。警察の組織犯罪を防ぐためだ。やむを得ない。
1999年5月27日

■東京に来て2年。住まいの賃貸契約も更新。2年後の自分がなにをやっているかなど想像もできなかった最初の契約時を思い出す。予測できない地球の未来。2年後の私。■それにしても、この2年間ずっと出そう出そうと思いながら出さずじまいだった便り、会おう会おうと思いながら会わなかった友人、読もう読もうと思いながら読まずじまいだった本、などというものが実は存在する。弱ったことだ。■時間とは何か。それははっきりしないが、時の流れとは詰まるところ概念であり、それが私の意識の中で生み出されていることは確かだ。だから時間を止めてしまうことだって私にはできる。その方法。新しいことをしない。新しい人に会わない。新しい本や映画に触れない。新しいことを考えない。同じ人とだけ会い、同じ本をくり返し読み、同じ定食ばかりを食べ、同じ過去だけを何度も懐かしむ。今ちょっとそれを実践しつつあるのだとしたら、それはやっぱり良くないが、一律的にめまぐるしく時間が流れる現実社会とは別個に、ゆっくり進む時間の流れを個人で作り出すこと自体は構わないのではないか。■時間が止まることと時間がゆっくりでいいから流れることとは決定的に違うのです。自分のペースで少しでもいいから時間を流すために、2年越しであっても、出すべき手紙は出し、読むべき本は読むこと。■光陰、矢の如し。行員、矢の催促、不良債権。
1999年5月25日

■ガイドライン法の成立を、けさの新聞で初めて知る。近ごろ私は平和ボケだった。加えて盗聴法案に君が代・日の丸の法制化。これこそ周辺事態なり。直接わが身に火の粉がかかる状況でなければ発言しないような、これまでの態度は改めねばなるまい。それともガイドライン法・盗聴法案・日の丸君が代法制化とくれば、これはもう実質の戦争事態なのだろうか。
1999年5月24日

思考は言葉の働きがなければ生成できないのではないか、という毎度お馴染みの仮説。久しぶりのショックウェーブです。これを機にどなた様もプラグインを取得しましょう。
1999年5月22日

■隣家解体中。起重機の揺れが目覚まし時計。けさ東京で地震があったらしいのに、ウチはずっと震度3が続いていたので、使命(地震のカナリヤ)を果たせなかった。悔し。■くっきりと半月。土曜日の半蔵門の宵。半月の今ある場所は12時間前にちょうどこの地球があった場所だとか。以前このページの日記に書いてあった。ことしの夏はアポロ月面着陸から30年です。この30年は人類にとっては偉大な30年だが、私にとっては、とりかえしのつかない30年だ。
1999年5月21日

■ついこの間、死んだ人の役で出ていた人が死んだ。「ワンダフルライフ」の由利徹。死んだら、ほんとに、どうなるんでしょうか。■缶ジュース。自販機を探して手が伸びたのは、ことし初めて。そういう季節。ピンクグレープフルーツ100%。昨年に続いてこれがマイフェイバリット飲料。
1999年5月17日

■先週は仕事ながら東京を少し離れ、田んぼや海を久しぶりに目にした。来る日も来る日も同じ順路で同じ光景ばかり飽きもせず眺めていたことを思い知らされる。きょうはきょうで平日ながら会社の近くでない場所へわざわざ食事に出かけた。街の賑わいと華やぎの中、夜はそもそも自由な楽しみの時間だったのだと気が付く。
1999年5月16日

■大人計画の芝居「母を逃がす」を見た。これが不思議なことにナイロン100℃の「薔薇と大砲」にとても似た設定・似たムード。さらに映画「ワンダフルライフ」まで見に行ったら気持ちよくなって眠ってしまった。
1999年5月12日

■日付変わって13日午前3時。毎度のことながら遅く机に向かっていると、かすかだが長く持続する横揺れ。あ地震だと思い、しばらくしてテレビをつけてみると「北海道でやや強い地震がありました」。・・・え?北海道。気象庁のHPで確かめても震度1は茨城や栃木の北部まで。私の住んでいるのは東京のど真ん中。どういうことだ。実はこれまでも震度3くらいかと思うと「東京は震度2」、うわこりゃ震度4は行ったなと思うと「東京は震度1」てなことが多かったのですが、今回のこのギャップはいくらなんでも・・・・。我が住まいは地震世界のカナリヤたる使命を知らぬ間に与えられていたのか。これで東京がホントに震度5くらいの時、うちはどのくらい揺れるのだろう、まったく。
1999年5月7日

■筑紫「へえ。電波と光が同じものだったなんてねえ。...涼子ちゃん知ってた?」涼子ちゃん「えへへ」。理科系と文化系の乖離を嘆いてうるさい立花隆の目の前で、なんたる惨状。■文化系に偏り過ぎのニュースキャスターあるいは朝日新聞書評欄あるいは東京大学入学式式辞。さすがにハスミ先生は電波と光の正体を知っているでしょうか。■じゃあNHKの「遺伝子」はどうだったかというと、確かに仕組みのいろいろを極上のCGで分からせてもらった気にはなるけれど、遺伝子のテクノロジーがここまで来た時に我々の世界観はどう変わっているはずなのか、あるいはそれでもなぜか頑固にどう変わっていないのかといった問いを追求するか、そうでなければ、テクノロジーとメカニズムだけを徹底してドライに説明すべきところを、なんだか抒情的というか、病気を克服する尊さだの、アイヌの生まれに拘って生きるだの、全然違うんじゃないだろうかねえ。たとえば「遺伝子に受け継がれてきた遠い祖先の記憶、なんてことは絶対にありえないんですよ、悪いけど」とはっきり言うべきところを、その全く逆とも受け取られかねないトンデモ科学っぽい結論を述べたりしてはいけません。世界や生の、本当に覚悟を決めた解釈をこの番組に求めた人がいたとしてら、ああいうのはちょっと失礼だと思った。■それはそうと近ごろは喜国雅彦の漫画がテレビで流れている。
1999年5月5日

■「スプートニクの恋人」を読む。う〜む。NHK特集「遺伝子」を3日連続で見る。CG三昧。本棚を整理する。フロッケを覗く。直感で選んだフロッピー数点がどれも楽しい。(フロッケのページ)。知り合いのいる三宿のダイニングバーへ行く。フォーライフレコードが目の前で、拓郎も時々来るという。■だいたいこれくらいで連休は終了。
1999年5月1日

■五月蝿い...じゃなくて五月晴れ。
1999年4月29日

■あちらこちらと調整ばかりに忙しくて仕様がない。根本的なこと本質的なことを考える時間がどんどん減っていく。もう少し優雅で感傷的な会社であればいいのに。■秋葉原のホコ天。
1999年4月26日

■やはりこれは「映像のマジック」と呼ぶべきだろうか。ハリウッドのSFX大作とは全く違った意味の。テオ・アンゲロプロス「永遠と一日」。きのう見てきた。■先日の古新聞(朝日)で発見した宮沢章夫。もしもわれわれに憂鬱という言葉がなかったら憂鬱という認識もなかったのでは?というような話を連載中。気になって仕方のないことではあるものの、それを気にする仕方というものも実はよくわからないような謎を、少なくとも他の謎にすり替えたりはしないよう、じっと眺め続けている。
1999年4月24日

■近ごろテレビの映りが悪くなり、ステレオに雑音が混じりだし、マウスの動きが鈍くなり....。いろいろなものは永遠ではなく壊れていく。私の身体もガタがくる。頭にもガタがくる。ビックカメラで売ってない場合はどうしたらよいのか。■考えてみると情報源はほとんど新聞が頼りだ。にもかかわらず常にじっくり読む暇がない。紙屑の山が日々高くなる。時折思い立って切り抜きを始めると、今度は切り抜きが小さな山となって、あとはどうなることか。しかしインターネットをするとデータをわざわざセーブしなくてもキャッシュログが自動的に残るように、新聞も切り抜きだけでなく記事をブラウズした記憶自体が頭の片隅に残っているはずである。キャッシュの容量は気になりますがね。
1999年4月22日

■通勤の地下鉄を降りて表に出る。高い日差しが驚くほど燦々。上着を脱いだ人々が群をなす。会社入り12時15分だから仕方がない。帰りはまた時計が12時を指していたけれど。
1999年4月20日

■家にあった新潮正月号で多和田葉子の「枕木」というのを読んだ。びっくり仰天。文章とはなんてすごいんだ。言葉とはなんて不思議なんだ。■小説とは。なにかについて書いたものではだめなのです。なにかそのものでなければならないのです。とまあ、また同じことを思い、また同じことを書いてしまった。しかもそういうことに「ついて」。ものたりない。
1999年4月18日

■テオ・アンゲロプロスの「永遠と一日」を見に行くつもりだったが、寝てばかりで果たせず。雨も降るし。
1999年4月17日

■BOX東中野に「ローカルニュース」を見に行く。おんぼろテレビ局のずっこけ取材をたらたら見せて可笑しい映画。前の席ではなぜかヨモギ餅を食べる女性二人連れ。音がしないのはスナックとして優秀だ。■東中野。なんかこう風采のあがらない街。しかしそれは好印象。さっき中華屋にいたと思った浴衣の力士が今度は駅のホームで携帯かけている。新宿にでも繰り出すのだ。ダイヤル押せるかい、その指で。
1999年4月16日

■今週仕事で通った町は、懐かしの私鉄沿線。未熟の第一次東京時代。■人生のリセット、なんてことはできるわけがないのだけれど、それでも、そりゃいくらなんでも調子よすぎるのではと自分で思うほどに、ちょっとそれに近い気分でいけたりする第二次東京時代。同じ道を、これまたなんでそうなっちゃうんだろうと思うほどいまだにアマチュアっぽさの抜けない自分が歩いていく奇妙さ。"How terribly strange to be seventy." そんなフレーズがサイモン&ガーファンクルの「旧友」にあったけれど。
1999年4月14日

■他人に優しくなれない人がいるように、他人に厳しくできない人もいる。まあなにごとも別にだらだら楽にやりゃいいじゃないかと開き直っているせいではあるが、単にそればかりでなく、自分の思想信条を覗いてみるに、どうせ人間には救いというものがない、あるとしたってそれは個々の思いこみでしかない、という諦めが底にあるような気がする。■その点、石原慎太郎のあの物言い。ガツン。毅然。羨ましい。どうして彼はああいう風な人になったか。どうして僕はああいう風な人に全くならなかったか。なぜだ。なぜだ。なぜだ。■どことなくもどかしげにあたたかい春の夜道。不良猫多し。そういえば。猫も毅然としたヤツがいる。大層のんきな猫もいたな。優しい猫とか厳しい猫は、実はあまり知らないのです。「優しい」も「厳しい」も他者への働きかけだ。猫は究極独りか。他の奴なんて構ってられない。すがすがしい。
1999年4月13日

■「終電の友」という雑誌があったら買いますか。でもどんな記事が載っているんですか。■「駅と生活」---これはまた別の人向け。
1999年4月11日

■日曜の朝。東京は強い雨。選挙看板はどの顔もびしょぬれ。懸命の弁舌で汗をかいているのか舛添氏。まるで泣いているかのような柿沢氏。なんとなく申し訳ないと思いつつ仕事に急いだ。■石原慎太郎。都庁に行ったことのない都知事誕生。
1999年4月8日

■ナイロン100℃の芝居「大砲と薔薇」を見に行きました。前から見たかったのですが、結局は岸田戯曲賞というお墨付きの後での初観劇となりました。ちょっと淋しい。少なくとも5年くらい前には贔屓にしておくべき劇団でした。だいたいこの世のもろもろはどっちでもいいことばかりなのだけれど、ぎりぎりのところで、たとえば、こういうことだけは頑張ってもいいかなということと、こういうことだけは頑張ってはいけないぞということとの微妙だが確実な違いが存在する。その線を引く基準の正当性。いそうでいない本当の同時代人。
1999年4月5日

■新宿で、鳩山由紀夫と羽田孔と海江田万里と鳩山邦夫が乗った選挙カーを見る。さて候補者は誰。そのあとフリー画像のCD−ROMを買いに行く。■大野晋「日本語練習帳」(岩波文庫)。すぐ読み終えた。本が薄いせいか、内容が薄いせいか。いや、分かりやすいせいだろう。
1999年4月4日

「け!えれ!」というBBSで行われたやりとりが最大級に興味深く、まずは自分のパソコンに移植し次いで印刷しようとしたらプリンターがうまく働かないので、仕方なくクラリスワークスのスライドショー機能でブラウズした日曜日の朝。改めて丁寧に読み込むと、そこに書かれた(打たれた)言葉たちが待ってましたとばかり本領を発揮する。■されど、今なお「け!えれ!」上では、打ち手(書き手)たちが電子の情報網を通じ時事刻々新たな言葉を打ち合っている。熱い。そこには、WEB上で即座に読んでいかなくては共有できない何かがある。それが何かははっきり言えないが、少なくとも言葉の本領とは違うWEBの本領であることは間違いない。20世紀終わりの日本列島。インターネットBBSという私の思考と他人の思考を直結する妙なインターフェースに突如恵まれた歴史的地理的偶然が、感慨深いね。■このWEBリアリタイム言語は、なんだか身体に直接響く。---テレホーダイの寝不足や座り心地の悪い椅子で身体を壊すということだけでなく。戦士に休息なし。見物者も報道を待つのではなく被弾覚悟で現地入りすべし。まるでコソボの空爆ではないか。
1999年4月1日

きょうは4月バカではない。■「嘘の反対は本当だ」といった理屈は古今東西を問わないのだろう。宇宙のどこかに別の文明があったとしても、この理屈は共有できるような気がする。仮に言葉を全く持たない文明であったとしても、論理というものは黙って存在しているのではないか。不思議だ。それは宇宙が消えても消えないのだろうか。■朝日新聞1面のクイズ=きょうの紙面に架空の記事が一つあるが、どれか。「架空の記事が一つあるということ自体が架空だ」というのが答だと思う。 
これ以前

著作・Junky@迷宮旅行社=http://hot.netizen.or.jp/~junky