千年期・保坂和志特集


ひそやかな関係を明かしましょう


保坂和志に「東京画」という作品があります。芥川賞を受けた「この人の閾」と一緒の単行本に入っています。デビュー作「プレーンソング」は、新しいアパートに住まいを変えところから語りだしてそのうち猫がやってきますが、この「東京画」も似たような入り方でした。この作家を好む人は一様に、なにも特別なことは起こらない平板な話のどこに惹かれるでもなく読み耽って、と言うようですが、私も飽きずに読み進みました。この「引っ越しから入って、いずれ猫」というあたりにかなり秘密がありそうです。

それはそれとして。「東京画」は、知らない町を散歩していたら不動産屋を見つけたのでついでのようにしてアパートも決めてしまった、というくだりから始まります。その町の場所が細かく書き込んであるので、私ははっとして、おやこの舞台はもしかしたら私の家に割と近いな、あれそうするとあの駅前のことか、と自分のために用意されたかのような偶然にぐいぐい引き込まれてしまいました。さらに先を読むと、そのアパート周辺には大変うれぶれた商店街があったり、夜中に車がひっきりなしに通るので調べてみたら幹線道路の抜け道に面していたりといったエピソード。これまた町の様子がヤケにリアルに語られます。もちろん猫や隣の住人もちゃんと登場し、例のよってページをめくるごとにどんどん気持ちが和んでいくわけでした。

読んでしばらくたったある日の午後、私は、「東京画」の舞台とおぼしき界隈を探索してみることにしました。自転車のカゴにその本を開いて置いてウロウロと。この道を不動産屋に連れられて歩いたと書いてあるんだけど、あ!あったあった鉄塔があった、ああなんと資材置き場も本当にあるじゃないか、やはりこの町に間違いなかった。そして内心予想していたとおり、実際の町そっくりそのままの描写だったらしいことも確信しました。次第に高まる興奮。あとは本にある道順通りに自転車を走らせ、郵便局のひとつ先にあるというそのアパート--今は改築されたようでしたが--を見つけるのはさほど難しいことではありませんでした。

小説へのこういう引き込まれ方は反則でありましょうか。おまけに、保坂和志特集などと銘打ちながら、はっきりした中身を示していないのもどうかと思います。しかし、保坂和志という人のどこまでもひそやかな小説、ましてや私との間に偶然結ばれたいっそうひそやかなつながり。そのことを、保坂和志の小説の謎を解いていくより先に、まず感じつくしていたかったのです。そして、それを書いておかずにはいられなかったのです。ということで。

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Junky
1999.11.26

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