追想 '99夏
旅先でことさら
思い当たらなく
てもいいことに
思い当たる旅先
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8.15 第4日 蘇州号→上海 FAQ的、旅行記的、
けさは起きると外が揚子江だった。波はなく、汚い流れに汚い船が行く。灰色の空と雨。きのう仲良くなったHくんから、買い物とかで使う中国語の言い回しを次々に教えてもらって到着までの時間を過ごした。
ほかにRさんという中国人男性とも。麦藁帽とサングラス、薄い口髭と印象的だった彼と船に乗る前から少し言葉を交わしていたこともあって、船内でもいろいろ話を聞いた。彼は日本語がとてもうまい。船内ではずっとパジャマを来ていたのがまた印象的だった。彼の父は古参の共産党員で国民党と戦ったという(だから当然に日本とも戦っただろう)。彼自身も入党しており軍隊経験が4年。政府系の貿易会社に職を得て、名古屋と上海を行き来している。兄は外務省勤め。共産党員になればいろいろ特権が手に入ることを、隠そうともせず教えてくれた。上海の港にフェリーが着いた時、船の真下までRさんの親戚が迎えに来ていた。一般人はそこまで入れないから、特別待遇だという。そのRさんもまた、行列して下船を待つ我々一般客を後目に、船員にわざわざ案内されて一足先に降りていった。
土を踏んだ上海は蒸し暑さの極地だった。3年前のいろんなことを思い出す。高層ビルは確実に増え、建設中のものも多いが、かえって古い町並みも目につく。
上海の安宿といえば浦江飯店(プージャンホテル)だが、またもやここに落ち着く。ドミトリーが55元。
長めの個人格安旅行も今や一般的だが、知らない人にすれば謎も多いようなのでちょっと記しておくが、ドミトリーとは見知らぬ旅行者同士が同じ部屋に詰め込まれベッド一個を与えられる形式で、浴室やトイレは共同で別棟にあったりする。料金はもちろん個室より安く、情報交換にも便利なので、いわゆるバックパッカーはドミトリーを希望する場合が多い。中国の各都市にはドミトリーを備えたホテルがいくつかあるものだが、上海にはこの浦江飯店くらいしかないようだ。料金55元は770円程度(1元=14円)となる。中国ではかなり高い部類に入る。大阪からのフェリー(私が乗った蘇州号のほかに鑑真号というのもあってこっちの方が有名か)が着く日には、浦江飯店はこういうスタイルでやってきた旅行者がひしめき合うことになる。泊まり心地はどうかというと、日本で泊まる場合とは我々の覚悟のレベルも違うので、比較しにくい。なにより一度体験してみてほしい。となんだか地球の歩き方の読者投稿みたいになってしまった。が、旅行記とは元来そういうものである。
チェックインしたあと、船で同行してきたW君たちと、列車のチケットを買いに出かける。あさって17日夜の2等寝台で西安へ向かうことになった。
事前の手配がない旅行では、宿と同じで次の行き先までの乗り物もその都度自分で手に入れることになる。中国内の長距離移動では2等寝台(硬臥と呼ばれる)に乗ることが多い。慢性的に混んでいるうえ販売システムもスムーズとはいえず、寝台の乗車券を手に入れるのは常に大仕事となる。上海では外国人専用窓口があるので比較的買いやすい。西安までの料金は286元(4000円ほど)だった。
なお、日本の学生なんかの旅行からは貧乏を極めるというテーマが期せずして浮かび上がることが往々にしてある。どんなに長い距離でも列車は寝台でなく座席しか使わない、といったような場合だ。別に帰国してからの生活に響くからというのでもなさそうだ。安上がりとそのための苦行が至上であり旅の目的ですらあるような。欧米人の場合、値引きと苦情には手加減せず、その執拗な姿勢に我々は脱帽してしまうが、それはコストパフォーマンスへの拘りからくるようで、逆にお金を使う時も躊躇しない。大きな物語・人生の野望・大きなポリシー、そういったものとは関わりの少ない日本の我々がようやく見つけだした旅のテーマ・生きるテーマなのだろうか。
駅から帰った後、ホテルのフロントのソファーに座ったら、いろんな人が入れかわり立ちかわりで、時間がどんどん過ぎる。2年間群馬で英語を教えた仕事が終わり旅行しながら英国に帰国する途中のR.K。中国からパキスタンへ向かう。大学で仏文学と伊文学を専攻。将来は旅行会社をやりたいと言う。夏休みでなぜか上海に滞在しているという中国の高校生G.H。18歳。なぜか日本語が完璧で日本のサブカルチャーにも詳しい。来年1月から私費で板橋の日本語学校に留学するという。・・・あ、「電話しろよ」と言ったから、あるかも。etc。
日本の方ですか?ええ。いつ中国に?船で上海に着いたところです。これからどちらへ?列車で西安、敦煌、トルファンへと。その後は?中央アジアに向かうんですよ。へえ、どういうルートですか?カザフスタン、キルギス、ウズベキスタンと回ろうかなと。イランとかパキスタンは?行きません。長いんですか?全部で2ヶ月くらいでしょうかね。アーユーアスチューデント(わかりそうなものなのに、現地の人はなぜか聞く)?アイワズアスチューデント。(日本の人だと当然見かけで分かるから)社会人ですか?ええ。仕事辞めて来ました。ほかにもいろいろ行ってるんですか?そうですね、東南アジアとか。中国も初めてじゃないんですよ。
こういう会話はこれから先何度となくリピートするのであった。お互いに。どうせ聞くんだからモジモジせず尋ねてしまって、答える方も隠さなくてもいいことは勿体ぶらず遠慮もせずさらさらさらっと最初に伝えてしまうに限るね。FAQを一枚の紙にして配る(英語と日本語で)のも手である。
ところで、この日港に降りたら、浦江飯店の客引きだという男が車に乗れ乗れと喧しい。こんな安宿から迎えが来るわけなかろうと思い、おまけに外に止まっていたワゴン車には「上海大廈」とあって、上海大廈は浦江飯店の隣にある一流ホテルだということは知っているから、たぶんあっちの高いホテルに騙して連れていく気だろう、まあいい、その時はその時でバイバイと言って浦江飯店に移ればいいんだ、と思って乗ったら、本当に浦江飯店で降ろされたので驚いた。上海大廈とは業務提携をしているとか。4年前からすでにこのサービスがあったとういうが、私は知らなかった。今度行く方は参考に。さて、その客引きをしていた男がWと言って英語がうまい。ついでにフランス語もうまかった。日本語はあまりできないが、日本人が「え?」と聞き返す仕草を上手に真似て見せるのが面白かった。日本の流行語をいきなり浴びせて気を引く商売人は多いが、この「え?」というのは意外性があって、それは素晴らしいと褒めたたえた。この人ともなんだかんだと喋って楽しかったが、何を話したか忘れてしまったなあ。
ドミトリー隣のベッドは、獣医を目指している大学生のS君。彼女がいて3日1回電話するよう約束させられたと言う。先進国と違って国際電話はけっこう面倒なものだ。時差も考慮しなければいけないし、おまけに家族と同居しているので本人が家にいてかつあまり遅くない時間を選ばねばならないとなると、旅行で忙しく動いている身にはけっこう難しい。もちろん国際電話はお金も掛かる。
*こんな感じで、しばらく行くことでしょう。予想したより長くなりそうだ。そのうち写真なんかもアップ予定。
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