追想 '99夏

旅先でことさら
思い当たらなく
てもいいことに
思い当たる旅先

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9.7第27日トルファン→ウルムチ
ユーラシアの臍

荷造りする前に、ホテルの豪華な清真餐庁(イスラムのレストラン)で15元の朝食セットを食べてみようと思いたった。朝はいつも食べてもそそくさとみすぼらしいものばかりだったから、トルファン最後の朝は少しゆったりというわけだ。ところが残念なことに朝食はもうおしまい。そこでためしに別棟の漢餐庁(中華レストラン)を覗いてみたら、こちらは営業中。しかも朝食10元。お粥、マントウに目玉焼きといろいろおかずが付いていて、満足。

ゆっくりチェックアウトしてバスターミナルに向かい、12時30分発の大型バスに乗り込む。ウルムチまで24元。ミニバスだと少し安く21.5元。

ウルムチまで高速道路で3時間弱。荒涼とした平原ばかりだった景色が、途中から意外なことに目を引くものの連続となった。赤茶けてゴツゴツした山が間近に迫ったかと思うと、広々とした草原に出て川のほとりに羊が群れていたり。平行して走る貨物列車。遠くには頂上の白い山脈。退屈する間がない。さらにアメリカ映画で見るような無数の風力発電機、製塩をしているらしい工場なんかも出現した。最後に道路のずっと先の方から高いビル群が見えてきて、そこがウルムチであった。

新疆飯店というホテルに宿を取った。がらんとした広間にベッドを6つ置いただけの部屋。ドミトリーの中でもいちばん安く、17元。しかし窓が大きく取り付けられて明るく、清潔な感じがする。申し分ない。しかも5階にあるから眺望も抜群。折しも青い空。気にいった。

つい「それがいくらだったか」を書いてしまうが、そもそも旅人の日記は日々支払った金額を克明に書くことが多いのではないかと想像する。思い出のなにはなくとも財布の記憶。金の動きが旅の動き。こうして日記を再録する際にも、旅の「事実」は語りようでどんな風にもねじ曲がるが、価格だけは変動しない。筆がすべってもころんでも17元は17元だ。時刻なども同じ。要らない感想を全部そぎ落としたら、数字の情報だけが残るのか。ちなみに、繰り返しになるがこの時1元はおよそ14円です。

ウルムチは、世界地図を見るとよくわかるが、地球上で最も内陸にある都市とされている。ユーラシア大陸の乾燥地帯を動く今回の旅を、どこか象徴する場所かもしれない。しかし、ここはウイグル自治区の州都であってトルファンとは比較にならない大都会。こんなメガロポリスが、そんな陸の奥地に存在しているのかと思うと不思議な感じがする。

このウルムチを出発する国際列車がカザフスタンの最大都市アルマトゥまで走っている。その列車に乗り込んで中国と中央アジアの国境を越えることが、今回の旅の大きなヤマ場である。宿を決めた後すぐウルムチの駅に行ってみた。国際列車の予約窓口を探し、列車の時刻とチケットが9日に売り出されることを確かめた。列車は情報通り土曜と月曜の週2回だ。ならば今度の土曜日11日のチケットを取りたい。

深夜にホテルを抜け出して、近くの道路を当てもなく進んでいった。妙に明るい一角が見えたので近づいてみると、屋台が道路両側にどこまで続くのか分からないほどひしめき、こんな夜更けだというのに賑わいを終わらせるのを惜しんでいた。シシカバブなどほんの脇役で、カニ・エビの水産物も含めた豊富な食材をどうだといわんばかりに並べ、鍋や串焼きにして食べさせている。雑貨の店も出ているし、界隈にさすがに閉まってはいたが映画館まであった。ウルムチ、アジアのど真ん中。海外旅行がまだ新鮮だった頃に訪ねたマニラや香港で、見るものすべてがエキサイティングで、夜も眠らぬ勢いで雑踏をうろうろうろうろ、ひたすら歩いた時の沸き立つような心が、こんなところで少しよみがえった。

9.8第28日ウルムチ
コーヒー禁断症

繁華街に行ってみた。都会らしい混雑の中に大きなデパートが立ち並んでいる。ウインドウショッピングも面白いが、それだけでなく今日はどうしても欲しい物がある。ここならというハイカラなビルを狙ってかなり探し回った。それはコーヒー豆である。

私はかなりコーヒー好きな部類に入ると思う。毎日の生活にコーヒーを欠かしたことはない。しかもいっちょ前にあの店はどうだのこの豆はどうだの言うほうだ。当然インスタントでは我慢できない。そこで今回は携帯用のコーヒー器具をアウトドア専門店で買いリュックに詰めてきた。太めの針金が渦巻き状になっていて、それを円錐状にしてフィルターを乗せると、通常のドリップ式感覚でいれられる。マグカップは旅の必需品なのでもちろんある。コーヒー豆は粉にして持ってきた。グラインダーはさすがに重いし小さいのを買うとしても高いので諦めたのだ。ともかくそんなわけで、旅行をしながら家にいるのと同じようにコーヒーを入れおいしく飲んできた。保温水筒(これも持ってきている)を使うと、お湯をちょろちょろ注ぐことができるので、なかなかうまく出来上がるものだ。これはしかし中国は安宿であれ列車内であれ、お湯の供給だけはちゃんとしてくれるおかげである。ところがこの珠玉の一滴が、トルファンのホテルのロビーで文庫本を読みながら飲んだ一杯を最後に、大事に大事に使ってきた粉がなくなったため、味わえなくなってしまったのだ。

話は3年前、東南アジアと中国南部を旅行した時にさかのぼるが、雲南省を回っていた私は、なんと缶入りのコーヒー粉を見つけた。中国じゃまさか本物のコーヒーは売ってないだろうと思っていたので、大いに驚き、しかもその時たまたまベトナムで買ったアルミ製の簡単なコーヒー器具を持っていたため思いがけず毎日コーヒーをいれて飲むことができた。それを覚えているので、今回の旅行でもコーヒー豆は一袋だけにしておいて、途中で切れた段階で、あの缶入り(雲南珈琲という名だった)をどこかで買おうと目論んでいたのである。ところが、あれはやはり雲南省だけにしかないようで、西安でも実は先のことを考えてあらかじめ探していたのだが、結局見つけだせずにいた。食堂やカフェのコーヒーはどこもインスタントだし。敦煌の巨大ピカピカホテルの喫茶店で、もしやと思って尋ねた時もバーテンは「これですよ」とネスカフェの瓶を取り出して見せた。また、トルファンのボロい国営デパートの隅っこで「リアルコーヒー」とかなんとか表示してあるマイナーそうな袋入りを目にしたので「これだ!」と思い、店員が「そんなのはよせ、こっちのネスカフェにしなさい」と忠告するのを振り切って買い、ドミトリーで器具を使ってさっそくお湯を落としてみたら、これがなんと単なるインスタントで、しかもネスカフェにしろと言った店員の気持ちが痛いほど分かる味で、一口以上飲めなかった。

こうなったらウルムチだ。もうお前にすべてを賭ける。ところが無念、どこにも売っていなかった。もう中国では本物コーヒーは諦めないといけないのか。しかし中央アジアなら大丈夫かというと、まったくおぼつかない。

さて、さすがウルムチまで来ると、同じ宿にも中央アジアへ向かう人や中央アジアから来た人が集まるものだ。少し情報交換をしたあと、昨夜見つけた屋台街に連れだって繰り出した。砂鍋という名の鍋物とスープ餃子を頼んだ。砂鍋は6元で、様々な具が入り期待以上に旨い。鍋が思ったより深いので量もたっぷりだ。ところでその時いわゆる乞食のおじさんが我々の席に近づいてきたので、あいまいに戸惑っていると、食べ残しのスープ餃子をくれという。そんなものなら全然惜しむ気もないので、どうぞと言うと、皿の餃子を手に提げたビニール袋に移して去っていった。なかなかショッキングな状況である。旅をしてちょっと世界を理解したようなつもりになっているけれど、結局私は自分のことしか考えず、世界の問題を自分のこととして考えてみることもなく、こうした人のこうした困難が目の前で展開されていても、かまわず放っておいている。なかなか辛い状況である。

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Junky
1999.12.9

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