おめでたき「日本文学盛衰史」完結
および
「官能小説家」連載順調虫歯の穴を、自分の舌で触ってみると、ずいぶん大きく感じる。
人はたいてい会社に行き、がつがつ、にこにこ、仕事をし、家に帰っては、ぼんやり、しっかり、テレビを みて、そして、寝る。そんな日常。いちごポッキーを食べたり。文学の入り込む隙はあまりない。ビジネス 本や週刊誌は売れるけれど、文芸書をちゃんと読んでる人はめったに見かけない。新しいパソコンや新しい ドラマや新しいカフェの話はしても、新しい連載小説の話はしない。
そういう中で、高橋源一郎(ばかりでなく、毎月毎月の文芸誌や単行本の作家の皆さん)の、あれほどの小 説への没頭は、いわば歯の崩れた痕がまるで巨大な隕石が落ちたクレーターででもあるかのごとく、です。 それに伴う虫歯の激痛。それはもう世界の痛み、宇宙の痛み。恐竜だってついには絶滅してしまうほどの。
小説への過度の期待、過度の興味。ああでもない、こうでもない、ああしたい、こうしたい、虫歯の穴を舌 先でいつまでもいつまでもなぞっては、その地形図を克明に描き、痛みの微細な報告をする。そうやってど んどんどんどん言葉が綴られていく。
3年あまり前、ちょうど私が東京に来た頃に連載の始まった「日本文学盛衰史」。ときどき読んでは目を見 開き、深くうなずき、何を悩んでいるのか、どこに発想を飛ばしているのか、子細はわからぬまま、その文 章の後を追い、そうしていくつか季節が巡ってきました。今ようやく完結、感無量です。
もちろん「官能小説家」も、一週間分づつくらいまとめてあとを追いかけながら、とても楽しみに読んでい ます。
高橋源一郎の読者は、今、小説とは何かの、形而上的問いを机上で論じる暇などなく、まさに小説の渦中に 同時進行的にひきずり込まれているような、(幸せな?)時代を迎えているのではないでしょうか。
→「官能小説家」その後の感想まとめ