高橋源一郎『日本文学盛衰史』 読書しつつ感想しつつ(1) -----ネタバレあり。注意。 死んだ男
明治四十二年六月二日、余は、澁谷第一書肆にて『日本文学盛衰史』を購入す。 ◆
群像での連載は97年5月号に始まったとある。
ちなみに、私はこの年5月20日に東京に引っ越しをした。
「日本文学盛衰史」という題名は厳めしく、 ◆
ところが、肝心の冒頭が、二葉亭四迷の話で始まっていたなんて、
それからずいぶんあとの99年12月になって、私は、
ところが今回書籍を読み返したら、 ◆ 二葉亭に扮した高橋源一郎の似顔絵が、なにかの著書にあったのを思い出す。 ◆
その二葉亭四迷、葬儀のシーン。 ◆
さて、この章における二葉亭文学への言及は、 =ここから引用=
当時の作家たちが使うことのできる日本語は「文学」用語としてはきわめて不十分であった。古い時代のリズムや形式を引きずった過度に修飾的な言葉で世界の「実相」を描き出すことは不可能であり、自由な散文が緊急に必要とされていた。逍遥と二葉亭の意見は、そこまでは完全に一致していた。では「自由な散文」とは何であろうか。それは、実際に日常会話として使われている日本語を素にして、「文学」的に洗練させた特別な日本語のはずであった。=ここまで引用=
坪内逍遥ー二葉亭四迷ラインが成し遂げようとした「言文一致」は、
その相違は、二葉亭がロシア語を訳した文章について、 では、苦心惨憺の二葉亭はいったい何をやろうとしていたのか。 =ここから引用=
二葉亭は逍遥とはまったく逆に考えていた。言語にとっては「形」ことが「魂」にあたるのだ。二葉亭の想像力の根源は、彼をとりかこむ世界への違和感からやって来た。 =引用ここまで= *文三とは、『浮雲』の主人公=違和の人、つまり二葉亭自身ということになるのだろう。
言語にとっては形こそが魂。
こうした重ねかたをするなら、 ◆
しかしながら、この章を締めくくるのは、実は、石川啄木でした。 =ここから引用=
啄木に二葉亭の葛藤はなかった。だが、二葉亭の知らない葛藤を啄木たちは味わわねばならなかったのである。 =引用ここまで=
じゃあ、二葉亭とは違う啄木の葛藤とは、どういうものだったのか。 ◆
いずれにしても、改めて読んでみると、
で、こういう日本近代文学の夜明けを考えるには、 ともあれ、『日本文学盛衰史』はまだまだ先が長い。徐々に考えよう。 ◆
おまけ。 ◆
もひとつ、おまけ。 ---二葉亭四迷の「浮雲」を読みはじめたら、これが実に可笑しい。言文一致とはいうもののルビだらけの漢語当て字がやはり目立ち無学者には初めて知る語句の連続なのだが、その傾向に全く比例しない、拍子抜けするほどの読み易さとお気楽さに驚いてしまう。これはいったい何だろう。休みなく流れてくる文章のテンポとリズムが次第にうねりを生じさせ、いつしか飛んで踊って揺さぶられているレイブ。町田康に負けないくらいノリノリです。本を読むとき、言葉が<文字→目→口→あたま→こころ>という順序で流れてくると仮定するなら、目か口あたりで言葉がストップしてどうにも先に行かない小説とか、ようやくあたままで来たからその先は無理やり押し込んでやった小説とかもありますが、ともあれ「浮雲」という小説は、そのルートが最短距離を取る。これこそ真の言文一致だ。我々のこころに初めてのざわざわ感。---
2001.6.3 |