コウモリ論文を読む2





トマス・ネーゲルの論文「コウモリであるとはどのようなことか」の界隈には、「意識というものは、そもそも物理的に説明できるのか、できないのか」という、いってみれば世界認識を二分するかのような論争が存在しているようだ。

それに伴って最近読んだもう一冊の本がある。「認知哲学 脳科学から心の哲学へ」。ポール・M・チャーチランドという人の著書。チャーチランドは、意識というものを誤ってとらえた代表例として、ネーゲルを批判している。

その批判がどうも的を外していると感じたので、それを記しておこうと思う。が、それとは別に、この本自体は脳や心の仕組みに興味ある私にとって最適の一冊ではあった。そのことは、さらにページを変えてこちらに書いておく。

さてチャーチランドは「意識の謎」と題する章で、まず、こう述べる。

「意識はそれを有する者にとってのみ接近可能な、本質的に主観的な現象であり、それに対して、たとえば脳の活動のような、真に物理的なものは、その本性上客観的、つまり多くの人にとって多くの視点から接近可能である、と主張されてきた。そしてそこから、意識現象はたんなる物理現象と同じではありえず、われわれは後者に関する客観的科学によって前者の言表不可能な主観的性格を説明することは望みえない、という結論がしばしば引き出されてきた。・・・・しかし、わたしはそれに反対したい。」

チャーチランドが反論する標的の一つが、ネーゲルのコウモリ論文だ。

次に、チャーチランドはコウモリ論文を実に見事に要約している。だから、私がさっきのページに長々と苦心して綴ってきた意義も失せてしまうわけだが、載せておく。

「たとえコウモリの神経解剖学的パターンを追跡することによってその経験を追跡できたとしても、われわれはそれらがどのようなものかを、それらの持ち主であるコウモリの独特の視点から知っているわけではないだろう。その感じられた経験としての内在的性格は、われわれにはなお知られないだろう。したがって、純粋に物理的な科学はある限界をもっているようにみえる。それは意識内容の主観的性格のところでその限界に達するように見える。」

これを認めたうえで、チャーチランドは、しかしこの議論は意識状態に非物理的な面があることを証明しているわけではない、と断じる。

「これらの事実は、コウモリの感覚状態のうちに物理的諸科学による理解を越えるものがあるということを意味しないし、じっさい、もはやそれを示唆することさえないだろう。なるほど、それらの感覚状態の内在的性質はコウモリにより、自己結合的経路を用いて、きわめて特異な仕方で識別され表現されよう。われわれの科学的営みは、たしかにそれらを(微小電極によって)検出し、(科学の言葉で)表現するけれども、そのようなきわめて特異な、独特な仕方で検出し表現することはない。とはいえ、表現される状態、つまりコウモリの感覚状態そのものは両方の場合で同一であると考えられる。前と同様、違いは知られるものの性格にあるのではなく、その知り方にある。」
「ある現象に対して本人専用の一人称的な認識的接近が存在することは、その接近される現象が本質的に非物理的だということを意味するわけではない。それはただ、ある人がその現象に対して、他の人がもたないような、情報伝達的な因果的結合をもつことを意味するにすぎない。」

どうもネーゲルは旗色が悪い。

だが、ちょっと待て。

ネーゲルはべつに「意識状態に非物理的な面がある」とは言っていないんじゃないか。

だとすると、ネーゲルは、どこへ進もうとしていたのか。チャーチランドがさらっと要約した地点から、どこにも足を踏み出していないということなるのか。

きっとそうではない。

チャーチランドは「違いは知られるものの違いにあるわけではなく、その知り方にある。」と述べている。つまり、知られるものに違いはない以上、知り方なんてどうでもいいじゃないかと、言うのである。

そしてネーゲルはもちろん、知り方の違い、を見つめている。しかし、ネーゲルの本当の力点は、実は、「知られるものに違いはない」という、チャーチランドの前提そのものを疑うところにあるのだと、私は思う。

ふたたび、ネーゲルのコウモリ論文からの引用だ。

「およそ体験が客観的な性格をもつということに何らかの意味がありうるのかどうかという根本的な問いに関しては、ほとんどいかなる研究もなされてこなかった。言い換えれば、私の体験が私にとってどのように現れるかを離れて、実はどのようにあるのか、と問うことに意味があるのかどうか、という問題が論じられていないのである。体験が客観的な本性をもっているという、より根本的な前提を理解できないうちは、われわれは体験の本性が物理的な記述によってとらえられるという仮説を真に理解することはできない。」

終わりです。すいません。

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Junky
2000.9.26

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