代々木警察笹塚交番への怒り

私たち(JとK)は、警察官から泥棒呼ばわりされ、ああしろこうしろとエラそうな口調で命令されました。反省を求めてもまったく耳を貸しません。怒り心頭に達したので、一部始終を公開することにします。

私はJといいます。Kは同居人です。私が1997年に都内の自転車屋で買った中古自転車が、どうも盗難品だったらしいのです。

2000年4月27日午後5時ごろ、警視庁代々木警察署笹塚交番前を、Kがこの自転車で通行中、同交番に勤務する松永という警官が他の警官一人とともに、自転車を停止させたうえ、防犯登録が消されていることを理由にKに自転車泥棒の疑いをかけ、横柄な口調で自転車の入手経緯を無理やり答えさせたり交番に連行したりしました。さらに自転車を置いて行かせようとしましたが、Kは応じませんでした。さらに松永氏は自転車を買った店を明らかにしろ、領収証を交番に持ってこいとKに要求しました。実は自転車には自転車屋のシールが貼ってあったのですが、松永氏はそれに気付かなかったようです。

5月1日午後、松永氏から私に電話があり「自転車はやはり盗難されたものだった」と伝えてきました。そして「Kはただちに自転車を持って笹塚交番まで来なさい」「買った自転車屋がどこなのか教えなさい。その時の領収書を持ってきなさい」と命令しました。さらに「Kには自転車窃盗の疑いがある」とあいかわらず強調しました。また「自転車は盗まれた人に返さないといけない」と断言しました。私が「自転車は今Kが使用中なのですぐは持っていけない」と言うと、松永氏は「とにかくKが自転車を持って交番に来なさい。いろいろ事情を聞かないといけない。領収書も持ってきなさい」と譲りませんでした。そこで私が「それは松永さんのお願いなのか、それとも警察からの命令なのか」と尋ねると、「命令ではない」と言ったり「命令ととってもらってもいい」と言ったりいつまでもはっきりしないので、私は応じず「自転車屋のシールが自転車に貼ってあるので、Kが帰りしだい電話でそれを伝える」とだけ答えました。

松永氏の一連の言動は、私から見ればどれもひどいものです。 特に交番でKを泥棒よばわりして調べを強制した仕打ちは、Kの心を深く傷つけました。しかもその段階では自転車が盗難品かどうかすらわかっていなかったのです。

私たちは、これらのことについて松永氏に反省しあやまってもらわないと怒りがおさまりません。そこで下の文書を作成しました。

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2000年5月1日

警視庁代々木警察署
松永様

不法で不当な取り調べをしたことを認め、謝ってください

2000年4月27日午後5時ごろ、警視庁代々木警察署笹塚交番前で、Kが自転車で通行中、同交番にいた松永氏が他の一名とともに、Kの自転車を停止させたうえ、盗難の事実が確認できない段階でKに自転車泥棒の疑いをかけ、説明のないまま自転車を調べ始め、横柄な口調で入手経緯を答えさせ、交番に連行し、自転車を置いて行かせようとした。さらに自転車を買った店を調べることと領収証を交番に持ってくることを命令した。その後もKを自転車泥棒呼ばわりしている。こういった仕打ちによって、Kの心は深く傷つけられた。

松永氏は、上記のように不法な行為、不当な態度をとったことを認めてください。さらに、そのことについてKに謝罪してください。

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5月1日午後8時ごろ、私とKはこの文書を持って笹塚交番に出向きました。移動手段はそれぞれ自転車。うち一台は問題の自転車です。盗まれた人には同情するので調べに協力しないこともありません。でもそれは松永氏がここまでの言動を詫びたうえで、「協力してくれ」と丁寧に頼んできたらの話です。まずあやまってもらう。そうしたら、私たちも自転車屋の連絡先を教えよう。場合によっては自転車も預けて帰ってもかまわない。そういうつもりでした。当たり前のことですが、警察から自転車泥棒の容疑で呼び出されそれに応じた、というようなつもりでは全くありません。

笹塚交番には松永氏が一人でいました。松永氏は容疑者がやっと出頭してきたかという態度でした。しかし私たちは「警察の捜査に協力するつもりはあるが、その前にこれまでの態度を謝ってほしい」と言って文書を差し出しました。松永氏は、そうとう心外そうな顔をして、文書にざっと目を通しましたが、あやまるどころか、文書を受け取ろうともせず、一方的に「おたくの自転車は盗難品だ。どこで買ったのか教えなさい」「あやまることはない」と言いました。さらに本署に電話をして応援を呼びました。お互いに大声を出してやりあったあとで、私たちは「松永さんがあやまらないなら、きょうは協力しません。帰ります」と自転車に乗って帰ろうとしました。すると松永氏は「盗難品だから持って帰れない」と自転車をつかんで制止しました。そうこうしているうちに応援の警官も駆けつけてきました。別の警官が代わりに話を聞こうと言うので、仕方なくもう一度交番に入りました。改めて文書を見せ、あやまるつもりがあるのか聞きました。しかしその警官(名前は聞いても名乗らない)は話をはぐらかすばかりで、結局あやまるつもりも、それどころかこの文書にまともにとりあうつもりもないようでした。だから「きょうはもう帰る」と言い、自転車に乗って立ち去りました。

ここまでが事実関係の報告です。

その他もろもろの思い。

この自転車には防犯登録を剥がしたような跡が(そう言われてみれば)あるのがわかります。また私が買った時に新たな防犯登録はしませんでした。松永氏はどうやらそれだけの理由でこの自転車が怪しいと考えたようです。また自転車には防犯登録以外に車体番号というのが刻印してあるそうですが、28日に松永氏がこの車体番号で持ち主を照会したところ記載されている名前がKでも私でもなかったとかで、ますますKが泥棒であると思いこんだようです。なお、1日になって「盗難品でした」と電話してきたのは、元の持ち主と連絡がつき「盗まれた」と言われたということだろうと思います。

なお、この自転車には最初に書いたとおり自転車屋の店名と電話番号の入ったシールが貼ってあります。また私たちはこの自転車屋の場所を覚えており、Kは交番で疑われたあとすぐにその自転車屋を訪ねました。購入記録簿を見せてもらったところ、私の名前と購入日が記載してありました。

私としてはこういった情報を警察に告げればいいのですが、泥棒よばわりと不当な態度を全く改めようとしない警官に、わざわざ時間や労力を与えてやる気にはなりません。また、警察が私たちを泥棒だと思うなら警察のほうが自分でその証拠を見つけるべき問題であって、泥棒でない私たちが泥棒でない証拠を松永氏に示してやる義理があるとは考えません。そういうわけで、私たちは1日の段階ではこういった情報を警察に伝えていません。

警察は、自転車を盗まれた人だけを「被害者」「持ち主」と呼び、「被害者の身になりなさい。だから、ただちに自転車を持って交番にきなさい」「自転車は持って帰れない。置いていきなさい」と言います。しかし私だってこの自転車をちゃんと買って3年間使い続けている立場なのです。

さてこういうことをこうやってホームページで公開したことについては、いろいろ複雑な思いです。なんのための公開かと自問しても答えははっきりしません。どことなくいかがわしい動機すら自分で感じます。だから私が自転車に乗って帰ろうとしたところを松永氏が制止している写真などもありますが、今の時点では公開するのをためらっています。私たちはべつに社会正義に燃えているわけではありません。警察から個人的にひどい扱いを受けたので、それを個人的にあやまれと言っているだけです。しかしながら、私たちは泥棒として目を付けられてもいるわけで、もしも警察権力が私たちを無理やりにでも捕まえようと謀ったならば、私たちなどひとたまりもないでしょう。その時、このホームページはなんらか力になるでしょうか。

それにしても今回のことでよくわかりましたが、警察って、逮捕状があるか現行犯でもない限り、われわれに対して強制力は何もないようです。だから警察になにか言われたら「それは命令か」と聞いてみてください。おもしろいほど、はっきり答えませんから。早い話が、警官が「これは命令だ」とでも言おうものなら、それは警官がウソをついたことになるのでしょう。「命令だ」とはっきり認識させたうえでわれわれに何らか強制すれば、それは法を犯していることになるのだろうと思います。だから警察としては、命令だとは言わないまま、なんとなく我々には命令のように思わせて従わせるという手を常に取るのでしょう。

それに関連してなるほどと思ったのは、5月1日に私たちが自転車に乗って帰ろうとした時に交番の前で松永氏が私の自転車をつかんで制止しましたが、それをKが写真に取ろうとシャッターを押した瞬間だけは、松永氏はぱっと自転車から手を離したりしたことです。警察であれ誰であれ他人の自転車をつかんではなさなかったりしたら、それこそ法を犯すことになるのでしょう。

われわれシミンはコウボクたるケイサツにああしろこうしろと命令される筋合いはないのです。それがオオヤケのタメになると思えることに限っては、頼まれればそれなりに協力してやってもいい、という立ち場でいいのです。

私は法律に詳しくないのでどれも推測ですが。

それと、警察は「絶対あやまるな」という組織としての決まりごとというかマニュアルがあって、日々それを上から下まで胸にたたき込んでいるに違いない、と私は強く憶測しています。しかし「あやまらない」とも言わないところが、ずるいところです。「あやまるのか、あやまらないのか、どちらだ」と何度尋ねても「いやいや、あやまるとか、あやまらないとか、そういうことは、むにゃむにゃ」と言うばかりです。「あやまる」とも言わないし「あやまらない」とも言わない。「あやまる」といえばあとあと面倒なことになるし、「あやまらない」と言ってもあとあと面倒なことになるから、ひたすらあいまいにする。まあこれは警察に限ったことではないかもしれませんがね。

なんか言いたいことの整理がつかず長くなってしまいました。続きはまた。

そうそう、リンク乞う!

(ここまで2000年5月2日)