「伝染るんです」(吉田戦車)

赤と黒の二色刷りが不気味と言えば不気味な絵。荒唐無稽なキャラクターが見せる意図不明のこだわりと唐突なふるまい。ありふれた日常の光景やなんでもないはずの平凡な情緒が一挙に崩壊していく瞬間を、僕は何度も何度も味わった。
人はどんな絵や言葉に出くわしても、自分が蓄積してきた知識や経験あるいは時代認識や世界像といったものにいやでも結びつけてしまう。そうして初めて、新しく得たイメージは置き場所が決まり人は安心できる。吉田戦車が「伝染るんです」を毎週ひねり出していった源泉は、いわばそういう落ちつく場所を読む者に絶対見つけさせまいとする努力だったのではないか。
しかしそういう創作の跡が、なぜまた笑いなんだろう。不可解なモノに対する抵抗や防御のために人はおかしがるのだろうか。人間の頭脳とは不思議なものだ。
それにしても、たとえばスネークマンショーが80年代の幕開けを予感させる笑いだったとすれば、その80年代の末期に突如出現した吉田戦車は二十世紀の終末を先取りした笑いだったと言っていいだろう。
とかなんとか、現代感覚の踏み絵とまで言われた「伝染るんです」を理解する側に僕も入れてもらいたくて、いろいろ理屈を並べてみたけれど、まあともかく「伝染るんです」はことごとくおかしいんだから、それで十分。漫画の中で、いやそれ以外の表現も含めてこんなに笑えるものはもう出会わないのではなかろうか。
僕はそのころ喫茶店のマスターをしていて、お客さんでやってくる友人たちと「伝染るんです」を読む悦楽を毎週分かち合ったものだ。その後、かわうその絵が入ったシールも上京の折りに買い、自家用車に張ったまま90年代を迎えた。
かわうそくんは元気にしてるだろうか。包帯をした少年は今なら何を話してくれるだろう。たぶんいつまでたっても誰ともなじめないはずの斉藤のことも気がかりだ。無人島でみんなと再会できたら、楽しいね。

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