命がけの書き込み
私も『トランスクリティーク』読みました。
資本主義の本性は貨幣増殖への根源的な欲望だという(お馴染みの?)話から、
ネットにおける書き込み・メール・リンクといった商品交換が、
実のところ、その内容じゃなくて、
クリックという貨幣だけを欲望しているのではないか、
てなことを思ったりしました。
柄谷行人は、社会の仕組みも経済制度になぞらえたうえで、
国家の位置がいわば貨幣の役割に当たるということも言っていました。
では文学において貨幣や国家に当たるものは何か。
あらゆる文章表現(交換)の媒介でありながら、ふだんはみごとに意識されず、
それでいて、文章表現の価値が最終的にはそこに還元されてしまう、
超越的な存在。
それが何かを考えるのが面白いわけですが、
それをたとえばゴーストと呼ぶのも面白いかもしれません。*高橋源一郎なぺえじ投稿