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〜検索ロボットのために〜

パンフより転載
デンマーク映画「バベットの晩餐会」が六本木シネヴィヴァンでリバイバルされている。昔ビデオで見た感動が忘れられず、いつか必ず劇場でと思っていたそのチャンスがやってきたわけで、まよわず足を運んだ。しかし六本木とは近いようでなかなか行きにくい(もちろん住む場所によるのだが)。僕の場合、三本の電車を乗り継ぐ。30分ばかり早く着いて開場を待つ。おかげで最前列のまん真ん中に座れた。万全体勢で絶対期待の映画が始まる。

もちろん最高に感動した。海岸べりの小さな村が舞台なのですが、なだらかな海岸の風景がまずスクリーンを覆い、続いて大きな干し魚がクローズアップで目に迫ってきた瞬間、もうこの映画の成功は約束されていたのです、とハスミシゲヒコ氏なら書くだろう。いや本当に良い映画だった。仮に6本の電車を乗り継いだとしても損はないと思った。

「バベットの晩餐会」の公開は1987年。アカデミー外国語映画賞を受けている。今から思えば僕の映画の好みはこのころに固まってきた。ハリウッドの空想的で華々しい大作よりもヨーロッパの写実的で静謐な佳作、というやつか。この映画はその代表といっていい。つまり「19世紀後半。デンマークの小寒村に、パリを追われた女性名シェフ、バベットがやって来た。やがてバベットは、世話になった老姉妹の父である牧師の生誕百年祭で、村の人たちのために晩餐料理を作ることになる。それは、人の豊かな心を蘇らせる生涯一度の天使のフルコースだった」(パンフレットから引用)と、こういうテイストである。ついでに配給はシネセゾン。今回の再上映がまた「六本木グルメ映画祭 気になる映画の気になるレシピ」と銘打った特集であり、「まず素晴らしい料理の数々をスクリーンで楽しんでください。その後で六本木、西麻布周辺の一流レストランのシェフたちが供する、実際に映画にちなんだスペシャル料理を味わっていただきます。」と同じくパンフレットにあったりする。ラインナップはほかに「赤い薔薇ソースの伝説」「青いパパイヤの香り」などだ。実にスムーズな企画、つい乗せられる語り口である。ちなみに「バベットの晩餐会」では海亀のスープや、ウズラにトリュフとフォアグラを詰めたパイを味わうシーンがある。そして「シェ・パヴォー・ブラン」のディナー(7500円)はいかが、とパンフが勧めてくれるわけだ。(僕が映画のあとに食べたのは吉野屋の牛丼だったけれど。)

しかしまあ、アングロサクソンの表情、キリスト教会や祈り言葉、フランス料理といったものがほとんど違和感なく自分の感覚に入ってくる不思議さ。それに加え、こういう好みが思想的・文化的傾向および個人史をすら形成しかねないということに、僕はもうちょっと首をひねった方がいいのかもしれない。と、こんなことを思うのは、おそらく加藤典洋の「敗戦後論」を映画の前日に読み終えていたせいだ。

もうひとつ。1987年の自分や1987年の映画について10年も経過した今語るのはとても易しい。既に中身を知っていて評価も定まっている「バベットの晩餐会」に、確実に感動するために用意周到で出かけていくうしろめたさと似ている。しかし生きるということは、実は、なんの当てもなくたとえば映画を選び、受ける衝撃をわけもわからず見極めようとすることを指すのであり、その瞬間を生きている時点でどうにかしてつむぎ出した言葉というものは、それがどれほど誤りや迷いに満ちていたとしても、それがすっかり終わってしまってから綴られた瑕疵のない言葉や感動より尊いのである。こんなことを思うのも、おそらく加藤典洋の「敗戦後論」を前日に読み終えていたせいだ。

ところで、「バベットの晩餐会」を見た人はどのくらいいるのだろう。仮に日本中で20万人とする。つまり625人に1人。じゃあ「敗戦後論」はどうか。けっこう売れてるみたいだが最後までちゃんと読んだ人はせいぜい3万人くらいか。それだと4167人に1人。さらに「バベット」は見たし「敗戦後論」も読んだぞという人になると一気に減るに違いない。日本中でも5000人くらいだったりして。つまりおよそ2万5000人に1人だ。(ちなみに福井県を例にすると32人という計算になる。いくらなんでも少なすぎるか。)ともあれ、ここに僕がこのように適当なことを書いても文句をつけられるリスクはかなり低いと思うのである。しかし。わざわざこのページを見にきてここまで読んでくれるネットサーファーが仮に10人いるとして、その中に、日本で2万5000人に1人しかいないはずの人物が、なぜか3人くらい混じっているような気もして、怖い。

きょうは「ホームページにおける閲覧者の同質性」のお話でした。っけ? 文章の生成とは複雑系に属するのでありまして、ちょっとした作用でがらりと流れが変わるため結論はたいへん予測しにくいですね。それではまた。


Junky
1997.10.11

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