中国・西安市の西北大学で日本人留学生のひわいな寸劇に中国人学生が怒って抗議活動が広がった事件で、留学生宿舎が中国人学生らに襲われた時の生々しい様子が、留学生や関係者の証言で明らかになった。大学当局は留学生の安全を守ろうとしたが、暴行を止められず、中国人教職員ら28人が負傷していたことも分かった。また、騒ぎの広がりを受け、日本政府は西安を海外の「危険情報」の対象地とし、渡航自粛を呼びかける寸前だった。
●「寸劇見たのか」「見てない」
「謝れ、謝れ」
中国語の叫び声と足音が近づいてきた。日本人の学生が息を潜めていた部屋は、ドアがけ破られ、なだれ込んだ中国人の学生で埋まった。
「日本人か」。中国人の男子学生に聞かれ「はい」と答えた女子学生はいきなり顔を殴られた。「なぜ殴るのか」と問い返したが答えはなく、今度は腹部をけられた。
女子学生「日本人はすべて悪いのか」
中国人学生「そうだ」
女子学生「あなた方は昨晩の日本人の寸劇を実際に見たのか」
中国人学生「見ていない」
女子学生は駆けつけた中国人警備員に助けられた。顔から血が流れ、部屋のストーブやトイレは壊され散乱していた。
10月30日。午後5時過ぎのことだった。
●中指を立てて挑発のポーズ
前夜の文化祭で日本人留学生が演じた寸劇に怒った中国人学生が30日朝、謝罪を求める文書を学内に張り出した。
同日昼。留学生宿舎の横にある広場に、中国人学生が集まってきた。日本人の男子学生が興味を持って近づくと、1人が中指を突き立てて挑発するポーズを見せた。
午後1時ごろ。中国人学生らは留学生宿舎の入り口に詰めかけてきた。学生は中国の国歌を歌いながら、日の丸を描いた紙や布、「日本」と書いたブタのぬいぐるみに火をつけて燃やしていた。
●「申し訳ない」冷静な学生も
男子学生は身の危険を感じた。北京の日本大使館に連絡を取った。
だが午後5時、詰めかけていた中国人学生が、警備員を殴って留学生宿舎に乱入した。顔を殴られた女子学生とは別の女子学生の部屋にも、中国人学生は押し入った。
「寸劇に参加した4人の部屋を教えろ」
女子学生がはぐらかすと、暴力は振るわずに出ていった。冷静な様子の中国人学生が、「申し訳ない」と言って自分の名前や電話番号を教え、「壊した物は弁償する」と言い残した。
各階にいる中国人の女性服務員が居残り、乱入者が来るたびに「この階には日本人はいない」とかばった。午後6時を回って、事態はやや落ち着いた。宿舎の壁はあちこちがけられ、短い鉄パイプも落ちていた。留学生担当の職員からは「外へ避難するので準備を」という連絡があった。
●バリケードに他大学も応援
しかし、80人の各国留学生を受け入れるホテルはなかなか見つからず、宿舎から動けなかった。
午後11時ごろ、再び中国人の学生らが広場に集まってきた。他大学の学生とみられる集団が赤い旗を先頭に到着するたび拍手で迎えられた。まもなく、2度目の留学生宿舎乱入が始まった。
日本人の男子学生が殴られ、けがをした。腕時計と財布も盗まれた。部屋のトイレに隠れた女子学生はドアに穴を開けられ、顔を見られた。乱入者は「女でも殴ろうか、やめておこうか」と議論したあげく、部屋の窓ガラスを割った。
●中国人教職員ら28人けが
別の日本人の男子学生は扉を閉めてイスを積み上げ、電灯を消した。
同室の韓国人留学生は「自分は兵役の経験がある」と、男子学生に奥へ隠れるよう勧めた。ドアの前に陣取り、心を落ち着けるように韓国語で何ごとか唱えていた。米国人の留学生は、日本人学生の男女4人を自室に招き入れてかくまった。
大学当局は学外者の侵入を防ぐため、教職員でバリケードを作った。他大学の教員も応援に駆けつけた。11時50分過ぎ、公安当局の部隊が留学生宿舎付近に展開した。中国人学生らはわずかの間に見えなくなった。
留学生らは31日午前3時、ホテルに移るため宿舎を出た。中国人警備員が疲れ果てた様子で座り込んでいた。警備員は全員が殴られたという。負傷者は日本人留学生の男女2人のほか、中国側が教員、警備員、警察官ら28人。教員の1人は鼻の骨が折れていた。
●外務省、危険情報も検討
「寸劇に出た留学生に反省文を書かせてほしい。西安には約40も大学があり、西北大だけの問題では収まらなくなる」
10月31日。中国外務省の羅田広(ルオ・ティエンクワン)領事局長は、日本大使館の高橋邦夫公使を呼んで言った。公表された「日本人が中国の習慣を守るよう希望する」という外交辞令とは違う切迫感があった。
このころ、抗議行動は他大学や住民も巻き込んだ街頭デモに広がっていた。西安の動きが全国に広がるのを中国政府は恐れている、と日本側関係者は受け止めた。実際、北京大学などはすでに学外者の出入り規制を始めていた。
大学当局が「反省文」を求める以前から、寸劇に出た学生らは「直接中国人学生に謝りたい」と希望した。だが大学側は「すでに難しい」と認めなかった。自主的に書き始めた反省文には、寸劇で「日中友好を表そうとした」と書いたが、「そうは受け取れない」と削るよう指示された。
●大学措置で収束へ
こんなやりとりが続いている間もデモの規模はふくらみ、市内の日本料理店が荒らされた。北京の日本大使館と外務省との間では、西安を「危険情報」の対象地とする検討がひそかに始まった。
外務省は海外で紛争・疫病流行地域があれば「危険情報」を出す。中国では89年の天安門事件、今年4月の新型肺炎SARSの流行などで出された。日本人観光客が年間16万人訪れる古都・西安を対象とすれば、大きな影響が予想された。
だが、検討結果は「11月1日夜になってもデモが収まらなければ、2日には踏み切る」だった。第1段階の「十分注意してください」ではなく、より強い第2段階の「渡航の是非を検討してください」を用意した。
1日。大学は留学生の除籍や反省文を公表。同時に自校の中国人学生の出入りを厳しく制限した。デモの勢いは衰え、深夜にはほぼ消えた。翌2日も動きはなく、「危険情報」は幻で済んだ。
●中国メディアは報道せず
11月4日、避難先のホテルから留学生宿舎に戻った日本人学生に、孫勇学長が「事件は誠に遺憾だった」と表明した。割れたガラスなどは修繕され、翌5日には授業が再開。残った日本人留学生30人余はいま、以前と変わらない生活を送る。
日本大使館は大学当局に、留学生に暴行した者の処分を申し入れた。だが大学側は「当日は学外の人間も交じっており、特定は難しい」とし、まだ回答はない。中国メディアも留学生の除籍処分を報じた後、中国人学生らの暴力も含めて事件を全く報道していない。
●香港紙には当局批判も
ただ、香港の新聞では事件後、中国側に反省を迫る論調も出ている。大公報は6日付で「寸劇に喜ぶ中国人はいないが、大声で反日を叫ぶ必要はない。多くの日本製品が中国で生産されているのに不買運動を呼びかけるとは、中国の労働者を失業させたいのか。学生の言行には恥ずかしくて汗が出る」と戒めた。
また文匯報も7日付で「中国外務省はこの件で日本の外交官を呼ぶ必要はなかった。外交は民意の影響を受けるが、西安のデモは決して真の民意ではない」「中国人職員や日本人学生への暴行を伝えない中国メディアは社会の公器の役割を失った。まるで『反日』ならば、どんな暴力行為も合法化されるようだ」と、中国の外交当局やメディアの対応を批判した。
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◆事件の経過
西北大学で10月29日夜に開かれた文化祭で、日本人の男子留学生3人と教師1人が寸劇に出演。Tシャツに赤いブラジャー姿で、背中に「日本」「♥(ハート印)」「中国」と書き、腰に紙コップをつけて踊った。
すぐに主催者に中断されたが、30日朝から中国人学生が留学生に謝罪を求め抗議。留学生が「これが中国人だ」と書いた札を下げていた、という香港紙の誤報もあって「中国を侮辱した」という不満が学生らに急速に広がった。11月1日にかけ、多い時は千人以上が大学や陜西省政府前でデモ行進。日本料理店への襲撃もあった。
日本人約40人を含む留学生約80人はホテルに避難。寸劇に出た留学生3人は除籍、教師は解職となり、女子学生8人と3日に日本へ帰国した。
(11/28 03:41)
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